●◆●◆●◆●◆●◆● 独学トリスタン・ダ・クーニャ ●◆●◆●◆●◆●◆●

           世界で一番遠い島のオンライン研究 


=================【No 12】================
 
 2002年11月26日発行

 今回のコンテンツ
 1 ホームページ版独学トリスタン・ダ・クーニャの更新案内
 2 それからのトマソ・コッリ
 3 トリスタン・ダ・クーニャ沖交戦
 4 トリスタン・ダ・クーニャの民謡シリーズ(2)
 5 海外サイトで英文読解
 6 あとがき

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 【1 ホームページ版独学トリスタン・ダ・クーニャの更新案内】

今回,ホームページ版の一部を更新しました。

 (1)首都エジンバラの全景写真

 最近手に入れたトリスタン・ダ・クーニャ関係の本に首都エジンバラの全景写真と
 全住居の位置を記した見取り図がありました。 
 これらは別のものなのですが,写真に見取り図にあった主要な建物をダブらせて
 エジンバラの簡単な鳥瞰図による案内を作ってみました。
 写真は今から30年前に撮られたもので,現在と異なるところがあると思いますが
 おおざっぱに今もこんな感じなのではないかと思います。
 (著作権の問題があるから本当はまずいんでしょうが。。) 

 (2)ジャガイモ切手

 ホームページに彩りを添え,また説明補助になるようにとさらに今後,切手の
 画像を随所に配して行く予定です。
 
 今回は切手収集家には有名らしいポテト・エッセイ(切手収集用語でエッセイと
 いうのは使用不採用の切手のことを言うそうです)を添えてみました。
 パッと目にはジャガイモなど図案に見えないのですが,なぜポテト・エッセイな
 のでしょうか?
 この島らしいエピソードのある切手です。

 (3)1885年大遭難事故
 
 この島の歴史上かなり重要な事故。 ホームページ版の略史に抜けていたので
 今回の更新で入れました。  

  (1)(2)は
  http://www.eigo21.com/tristan/02.htm

  (3)は
  http://www.eigo21.com/tristan/03.htm


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 【2 それからのトマソ・コッリ】 

 1812年3月仲間がいなくなった,というより仲間を抹殺した思われるイタリア系ア
 メリカ人トマソ・コッリは1人,トリスタン・ダ・クーニャで暮らして行くことに
 なります。

 といっても決してロビンソン・クルーソのような全く孤独な暮らしをしていたわけ
 ではないようです。 
 1812年6月アメリカとイギリスの間で起きた米英戦争(別名1812年戦争, 第2次
 独立戦争)のせいで, この南大西洋の孤島はイギリスへの物資補給を絶とうと
 いうアメリカの軍艦や,イギリスの船舶や領土を襲い財宝を奪う国認定の海賊船で
 ある私掠船(privateer)の中継基地となり,水や食料を求めてこれらの船舶が頻繁
 にやって来たのではないかと思われます。

 中継基地ビジネスが忙しくなってとても1人ではやって行けないと思ったのか
 トマソは人を雇います。
 1813年には John Tankard と John Talsen という二人のアメリカ人がトマソ
 に加わります。この人物がどいういう人物なのか不明です。 ともかくすぐに
 二人とも島を去ったようです。

 ついで1814年にはバスティアノ・ポンチョ・カミリャ(Bastiano Poncho
Camilla) という地中海のミノルカ島出身のスペイン人の少年が,寄港したイギ
リス船から下船,2年契約を結びトマソの使用人となります。 

 いわば軍需で島は潤い始めた感がありますが,実際はそうではなかったようです。
 アメリカの船は,トマソの頭の弱さにつけこんで,自分たちに有利なように商談
 を進めたり,手っ取り早く水や野菜を持ち逃げもしたりしたようです。

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 【3 トリスタン・ダ・クーニャ沖交戦】
 
 さて話は1815年3月に移ります。

 3月17日,島にイギリス海軍の軍艦ペンギン(Penguine)号が寄港しますが,アメリ
 カの軍艦が近づいていることを知りそそくさと出ていきます。

 米英戦争は前の年1814年に終わっていたのですが,遠く離れた南大西洋ではそんな
 こと知らずに米英の軍艦がまだ戦っていたのです。

 トマソはちょうど1年前に島に寄港したイギリスのHMS Semiramis号の船長から
 「もしも何かあったときのために」イギリスの国旗をもらいました。
 彼はその国旗を島に掲げます。アメリカのスループ型軍艦ホーネット(Hornet)号が
 3月22日の夕方,島に寄港したにもかかわらず。

 翌3月23日の昼下がり,トマソやバスティアノ少年は爆撃音を耳にしたはずです。
 イギリス海軍のペンギン号とアメリカ海軍のホーネット号がトリスタン・ダ・クー
 ニャ沖で交戦したのです。
 たった22分の戦いですが,ペンギン号の艦長ディッキンソンは戦死,アメリカ自慢
 のホーネット号(これは3代目。同名の艦船は1960年代のベトナム戦争まで存続し
 た)の勝利となります。

 The Annals of Tristan da Cunha にはホーネット号とペンギン号の艦長がそれぞ 
 れの司令官へ宛てた報告書が掲載されています。
 その一部の訳をつけてみました。 詳しくは【5】をご覧ください。


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 【4 トリスタン・ダ・クーニャの民謡シリーズ(2) 
    アデュー,かわいいナンシー】 
 
 今回取り上げる民謡はイギリス産の歌で海を渡ってアメリカを初めイギリス統治の
 国に伝承されていった歌です。
 
 今回はトリスタン・ダ・クーニャ・バージョン以外に,インターネット上にある
 ファイルへもリンクさせたので,聞き比べてみてください。
 
 http://www.eigo21.com/tristan/song2.htm
 
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【5 海外サイトで英文読解 】

 今回は The Annals of Tristan da Cunha に掲載されているアメリカの軍艦
 ホーネット号のビッドル(Biddle)艦長から司令官に宛てた報告書の一部を
 読んでみましょう。

 が,報告書は帆船の専門用語がたくさんあって,簡単には読めません。
 俄仕立てですが,文章に出てくる専門用語(特に船の各部の名前)もまとめて
 掲載しておきました。 

 http://www.eigo21.com/tristan/mm/hornet.htm
(日本語・英語)

 
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【6 あとがき 】

 独学トリスタン・ダ・クーニャ第12号をお送りします。

 私,最近切手と古本収集に走っています。
 もちろんトリスタン・ダ・クーニャ関係のです。
 ホームページをもっと充実させるための資料にしようとオンラインで大量仕入れ
 しているのです。

 1926年(つまり昭和元年)発行の本なんか手に入れたのはいいけれどさすがに
 骨董的な外見になっていて正直気持ち悪いです。 イギリスの本なので,ほら,
 あの国亡霊とか好きじゃないですか。 いわく因縁付きの本,なんてのだったら
 ヤバイなどと思ったりしてるのですが。。。
 
 ともかく今後ホームページ版・メルマガ版とも『独学トリスタン・ダ・クーニャ』
 を POWER UP して行くつもりです。
 お楽しみに。
 

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