●◆●◆●◆●◆●◆● 独学トリスタン・ダ・クーニャ ●◆●◆●◆●◆●◆●

           世界で一番遠い島のオンライン研究 


=================【No 1】=================

 2002年9月6日

 今回のコンテンツ
 1 トリスタン・ダ・クーニャについてサイト案内
 2 トリスタン・ダ・クーニャ島の発見
 3 トリスタオ・ダ・クーニャってだれ
 4 ソコトラ島
 5 海外サイトを使って英語基礎講座

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 【1 トリスタン・ダ・クーニャについてサイト案内】

 トリスタン・ダ・クーニャについては次のコンテンツをご覧ください。

  http://www.eigo21.com/tristan/index.htm


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 【2 トリスタン・ダ・クーニャ島の発見】

 トリスタン・ダ・クーニャ島は1506年に発見されますが,これには16世紀初頭の
 ポルトガルのインド洋進出が背景にあります。 当時ポルトガルは香辛料貿易によ
 る利益を得ようとしていたのです。

 インドのコチンにポルトガルの要塞を作り貿易の拠点を確保することに成功した提
 督アフォンソ・デ・アルブケルケに対して,1506年,マヌエルI世は再びインド
 へ 向かう君命を出します。インド洋岸の各地にポルトガルの貿易拠点を作るため
 です。

 同年アルブケルケはトリスタオ・ダ・クーニャとともに15隻の船団を組み大西洋を
 南下して南アフリカの喜望峰を経由してインドに向かいます。

 が途中激しい嵐に遭いトリスタオ・ダ・クーニャの率いる船団は航路を外れます。
 厳しい寒さで乗組員は苦しみますが, 海をさまよううちに孤島を発見します。
 これがトリスタン・ダ・クーニャ島です。 島に上陸することはなかったのですが
 以降,この島は発見者の名前を取ってトリスタン・ダ・クーニャ島として「認知」
 されるようになったのです。

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 【3 トリスタオ・ダ・クーニャってだれ】
 
 さてトリスタン・ダ・クーニャを発見し後世までその名を島の名前につけられて残
 ることになるトリスタオ・ダ・クーニャ(Tristao da Cunha)とはどういう人物なの
 でしょうか。
  
 同時代のアファンソ・デ・アルブケルケやフランシスコ・デ・アルメイダはポルト
 ガルのゴア進出という歴史的なできごとと関連して日本語で検索しても少なからぬ
 情報 が入るのに対しダ・クーニャに関してはほとんど皆無です。
 
 そこで海外のサイトから情報を得ることにします。

 ただ Tristan da Cunha で検索すると島のほうのトリスタン・ダ・クーニャのこと
 ばかりヒットするので一計を案じ,ポルトガル語の Tristao da Cunha で検索しま
 す。
 ちなみにポルトガル語の綴りだと Tristao の a の上にチルダ(~)が付き,発音は
 トリスタウンみたいに鼻にかけます。 

 検索結果を見ると同じ内容の文章を持つサイトが複数あることに気付きます。
 それもそのはずこれは同一の情報源(The Columbia Encyclopedia コロンビア百科
 辞 典)を使ったサイトだからです。 とりあえずこの中から下のサイトを選んでみ
 ました。
 
 http://www.bartleby.com/65/cu/Cunha-Tr.html

 ここにはこう書かれています。

  1460〜1514? ポルトガルの航海士。
  彼の最も重要な航海は1506年15隻の船とともにインドに向かったときなされた。
  彼は南大西洋で3つの火山島を発見,そのうちの1つは彼の名前がつけられてい
  る。
  紅海の支配を望みアラビア海のソコトラ島を奪った後1507年インドに向かうがア
  フォンソ・デ・アブルケルケは王からの命令で船団の一部を離し別行動をとる。
  ポルトガルに帰国後法王庁で外交使節を行なう。 
  息子の Nuno da Cunha(1487〜1539)はインド知事になったが1529年バスラ
  で捕らえられた。

 とりあえず南大西洋で遭難することなく無事任務を遂行したようです。

  
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 【4 ソコトラ島】

 ここでおまけのサイトをいくつか。

 上記のトリスタオ・ダ・クーニャの記述にあるソコトラ島とはどういうところか
 オンラインで調べてみました。

 アラビア半島の南端イエメンの一部であるこの島は,この島固有の動植物が豊富で
 アラビアのガラパゴス諸島と呼ばれています。
 特に切り付けると血のような赤い樹液を出すことから竜の血の木と名づけらた木は
 その奇妙な形が印象的です。

 http://i-cias.com/e.o/socotra.htm

 次のサイトにある写真もソコトラ島の不思議な風景を絵葉書的に伝えてくれます。

 http://www.ftiyemen.com/socotra.htm

 自然は豊かですが,5万人ほどの島民はかなり苦しい生活をしているようです。
 水,電気,道路といったインフラ設備が極端に整備されていない上に識字率30%
 程度の教育水準で産業が発達する基盤がまったく見えません。
 人々の暮らしについては下のページを開き,スクロールして 
19. The people of Socotra にある写真を見るとわかります。 

 
 http://www.uni-rostock.de/fakult/manafak/biologie/wranik/socotra/pictures/photos.htm


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 【5 海外サイトを使って英語基礎講座】

 今回は【3】のトリスタオ・ダ・クーニャの解説にある英文から取り上げます。

 
 He discovered three volcanic islands in the S Atlantic, one of which is
  named for him.

 (彼は南大西洋で3つの火山島を発見,そのうちの1つは彼にちなんで名前がつけ
  られている。)
 
 カンマのあとの one of which は高校生が勉強する関係代名詞の継続用法という
 のです。 この文は次の2文が基になっています。
 
He discovered three volcanic islands in the S Atlantic.
 (彼は南大西洋で3つの火山島を発見した)
One of them(=three volcanic islands) is named for him.
 (それらの1つは彼にちなんで名づけられている)

人称代名詞の them が関係代名詞 which に代わって2文が1文になった訳です。

 継続用法を使った文の訳は,カンマのところで文を切り,適当な接続の言葉を補っ
 て2文をつないで訳せばいいのです。
 
なお「AをBにちなんで名づける」は name A after B とするのが学校の教科書で
 は良く見かけますが,after の代わりに for にするのはアメリカ式のようです。

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