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天文学者が軍艦の司令官になるのは不思議な感じがしますが,いろいろな羅針盤を使って経緯度を測るというのが,軍事上意味のあることだったことを考えるとあながち唐突でもないようですし,王のほうから南の方に大陸があるか見て来るようにという要請があったのも大きいでしょう。
それでも当時でも航海の経験のない民間人が軍艦の艦長になるのは異例なことに違いはありませんでした。


20歳のとき研究者として東インド会社の船に乗せてもらった時と違い今度は結構な給料付き(通常の艦長の給料に潮の観測に対して200ポンド,磁気の観測に対して200ポンドのボーナスあり)でしたし, もともと性に合っていたのか, 艦長の仕事をハレーは非常に気に入て, 1704年には念願の The Savilian  Chair of Geometry (オクスフォード大学の教職で最上の職)を得ますが,大学ではハレー教授と呼ばずにキャプテン・ハレーと呼ばせたそうです。
もっともそんなハレーを宿敵のフラムスティードは「船長のように話し,汚い言葉 を使い,ブランディを飲む男」と揶揄しますが。


なお大学の教職に就いても1701年に再びパラモア号でイギリス南部の潮や海岸の調査をし,またアン王女の要請でオーストリアの要塞やアドリア海の港の調査なども行っています。