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超トリビアな! トリスタン・ダ・クーニャの歴史 
                  独学トリスタン・ダ・クーニャ メルマガ(現在休刊)より編集

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 【孤島に置き去りにされた船長 】

 16世紀初めにポルトガルの航海士トリスタオ・ダ・クーニャに発見されたトリスタ
 ン・ダ・クーニャに,それ以降,これといった出来事は起きません。 
 ときおり船がこの島を目撃したり,冒険心のある者が島をちょっと探検したりとい
 う程度のことしか記録にないのです。

 そこで話は一気に200年ほど飛びます。

 17世紀のトリスタン・ダ・クーニャに何か事件はなかったかと 
 The Annal of Tristan Da Cunha
 という年代記を調べていたら,1684年6月18日の項に注目すべきことが書いてありま
 した。 

 Capt.Knox of The Tonquin Merhcant lands on Tristan as a result of the
 request made by the members of the British East Indies Co. to Governnor
 Blackmore.
 But while there, his second in command together with the crew desert
 him, sailing treacherously away.
 No more was ever heard of the ship, nor of the unfortunate Capt. Knox.
 Thus failed the project of the East Indies Co.

  イギリス東インド会社からブラックモア知事への要請を受けた結果,トンキン・
  マーチャント号のノックス船長はトリスタン・ダ・クーニャ島に上陸した。
  しかし上陸している間に,2等指揮官は乗組員と組みノックス船長を置き去り
  にして不実にも出航して行った。
  船がどうなったか不明であり,また不幸な船長についてもこれ以上情報はない。
  こうして東インド会社の計画は頓挫した。
 
 要するに船長がめったに船が寄りつかない無人島のトリスタン・ダ・クーニャ島に
 1人置き去りにされてしまったというのです。  無人島に置き去りにするというのは海賊たちが好んで行なった残酷な処刑でもありました。
 詳しくはここをクリック。

 これは一大事。
 もしその当時ワイド・ショーがあればもう格好の事件です。
 悲劇の船長の運命は?
 いったい船で何が起きたのか?
 想像を駆り立てられます。
 もっと事件の真相を知りたい。
 
 そこで検索開始。 

 すると意外な事実が明るみに・・ >>>つづく