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 デンマーク語はどうですか?
Hvad med DANSK?
〜趣味のデンマーク語のススメ〜



アンデルセンの生きた時代背景
このページに書かれていること
■1 デンマーク放送協会のインタラクティブ・コンテンツ『タイムマシーン』(英語)
■2 黄金時代に関するホームページのインラクティブ・コンテンツ『コペンハーゲン散歩』(英語)
■3 自叙伝が無料で読めるページ(英語)
■4 アンデルセン年表


弊サイトの別コンテンツ
アンデルセン物語の原文や英語などの対訳を無料でダウンロードできるサイトについて
アンデルセン物語の中から有名な作品の出だしの原文と訳はこちら
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アンデルセンの語学力そしてディケンズ一家についてはこちら
その他デンマーク語やアンデルセンについて
『エンドウ豆のお姫様』のデンマーク語・日本語私訳はこちら
『彗星』のデンマーク語・日本語私訳はこちら
参考 『ピノキオの冒険』のイタリア語の原文・朗読=無料サイト
    英語による童話の朗読(mp3)の無料サイト


2005年はアンデルセン生誕200年ということでデンマークでは特別のイベントが行なわれました。 そのせいで外国からの観光客は増えたようですが, 国民の評判は残念ながら芳しくなく何かしらのイベントに参加した国民は数パーセントでほとんどは無関心。 税金の無駄だったという否定的な評価が圧倒的に多かったようです。


しかし国が特別に予算を組んでくれたおかげでインターネットでアンデルセン関係の興味深いコンテンツを閲覧することができます。 ここではその中から2つ, ご紹介します。 どちらも英語とデンマーク語の両方で見ることができます。 たとえ言葉がわからなくても画像が豊富なのでそれなりに楽しめると思います。


                      


■1 タイムマシーン


The Time Machine (Tidsmaskinen) 

赤丸をクリックして中に入ります。 古地図のページが出てくるのでさらに赤丸の部分をクリックして個々のページに移動します。


デンマーク放送協会のホームページのコンテンツです。
絵画や写真, 短い再現フィルムを添えて, 19世紀の人々がどのように暮らしていたかコペンハーゲン(一部オーデンセ)の街の様子はどうであったか興味深く説明しています。


アンデルセンの生涯を5つの時代に分けられています。 それぞれ5つの絵があり, その絵の中のどこかに5つのリンクが隠されています。 そのリンク先にマウスを置くと説明文が現れますが, それは必ずしもアンデルセンが絡むわけではありません。  そのまま見ていると絵に青い輪郭の部分が出てきますからそれをクリックすればよいのですが, 5箇所すべて現れる訳ではなく全部見つけ出すのに苦労します。 また1つの時代から別に時代に移る時に説明文に関するちょっとしたクイズが出てきますので注意。



説明の隠れている箇所を見つけクリックすると上の四角が赤くなっていきます。 1つの絵に5箇所あります。 右の extra には動画や写真が出てくるアイコンがあります。 動画はデンマーク放送協会らしく凝った作りになっています。


                      


■2 コペンハーゲン散歩


Golden Days - HCA Footsteps

こちらはデンマークの黄金時代(Goden Days : Guldalderen) を扱うサイトのコンテンツ。
コペンハーゲンの町を散策してアンデルセンの生活を垣間見るという趣向です。




最初に現れるページ。 赤丸をクリックするとアンデルセンに関連する場所に移動します。 右上の LIST をクリックしてここから入っていてもよいでしょう。




イメージはアンデルセンに関係のある画像や当時の街の様子を表す画像が表示されています。 カメラのアイコンをクリックすると現在の街角の写真に変えることができます。 
文章の上の QUOTE (引用)をクリックするとアンデルセンの手紙や日記などの1文が表示されます。  Listen to the quote をクリックすると朗読を聞くことができます。

List か Back to the map をクリックして別のページに移ることができます。



                      


■3 アンデルセンの自叙伝の英語訳


アンデルセンは自叙伝を著し, それは各国語に訳されています。 
1847年に Mary Howitt という女性が訳した英語版なら無料でインターネットを通して読むことができます。 (Amazon.com で買うと$88.99+送料がかかります。) 当然ながら1847年(42歳)までの半生の記録です。


The True Story of My Life



                      


■4 アンデルセン年表


上記のどのコンテンツを見るにしても, アンデルセンの生きた時代背景を知っていると, より良いと思われますので, ここで19世紀のデンマークの歴史に簡単に触れておくことにします。


デンマークの歴史では1660年9月から絶対王朝の時代となっています。 それまでは国王は貴族からなる国務院によって決められていたのですが, これ以降は世襲制になったのです。 
絶対王朝は200年近く続き, その終焉を迎えたのは1848年3月21日コペンハーゲン市民が王宮へ大行進し翌年1849年6月5日, フレゼリク7世が自由憲法に署名したときです。 この憲法では30歳以上の自ら生計を立てられる男子により選出された二院制の議会が開かれ, 三権分立が成立し, 市民的・宗教的自由が保証されるようになり, これ以降, 現在まで自由主義憲法下の立憲王国となっています


アンデルセンは1805年に生まれ1875年に他界していますから, 幼少時代はヨーロッパにナポレオン旋風が舞っていたころであり, 青年時代はウィーン体制下の絶対王朝の末期, 中高年になって自由主義の風が吹き, 晩年は急速に産業が発達しまた社会主義的思想が勢力を伸ばしていました。 


19世紀の前半のデンマークは, ナポレオンに対抗してイギリス側についたもののイギリスがデンマークに軍艦を引き渡すよう要求するなど強硬な態度と取り, これがもとでいわば仲間内での戦争が起き, 結果的にフランスと同盟を結んだためイギリスの海上封鎖を招き, それが元で国家財政は破綻します。 さらにノルウェーや西インド諸島やインドの海外領土を手放すなど国としては貧しく惨めでしたが, 文化的には文学・芸術・科学の分野で国外にまで影響力のあったデンマーク文化の黄金時代(Guldalderen 1800-1850年)で, 言うまでもなくアンデルセン自身はその担い手の1人でした。


またヨーロッパ全体で産業・科学が発展し, 帆船は蒸気船に, 馬車は鉄道に, 鯨油を使う街灯は電灯に変わって行きました。 旅行好きのアンデルセンは鉄道が気に入り, イギリスやオーストリアなどの外国旅行でそれを経験しています。 


アンデルセン関連
アンデルセンの年齢
デンマーク情勢
国際情勢


(注) 『アンデルセン童話集(物語)』の各話の執筆年は別ページをご覧ください。


1784 - フレゼリク王子, 精神病の父王クリスチャン7世に代って摂政を始める。
1799 - ナポレオン総督政府樹立。
1801 - 対仏戦略としてイギリスがデンマーク船の没収を要求し艦隊が来襲。 
コペンハーゲンの碇泊地でデンマーク海軍と交戦。 デンマークはイギリスに降伏。
1804 - ナポレオン,皇帝になる。
1805 0 4月2日 アンデルセン, 当時デンマーク第2の都市オーデンセで生まれる。
父親は病気がちだが知的な靴職人(22歳)。 母親は宮殿の洗濯係。 
1806 ナポレオン,対英戦略として大陸封鎖令(ベルリン勅令)を出す。
1807 2 8月 対仏戦略として英国がデンマーク海軍の引渡しを要求。 デンマークは拒否。
9月 イギリスがコペンハーゲンにロケット砲弾を砲撃。
10月 フランスと同盟を結ぶ。
11月 イギリスが公式にデンマークへ宣戦布告。 
デンマーク海域はイギリス海軍の支配下に。
1808 3 フレゼリック6世即位
1812 4 ナポレオンのロシア遠征。 連合軍パリ入城。 ナポレオン,エルバ島へ流刑。
1813 8 国立銀行を創設。
国家財政破産を宣言。
1814 9 ウィーン会議始まる。
ノルウェーとの連合解消。 
1815 10 ナポレオンの百日天下。 ナポレオン,セントヘレナ島へ流刑。
1816 11 父親死亡。
1818 13 母親再婚。
1819 14 コペンハーゲンに上京。 デンマーク王室劇場で働く。
1820 15 HCエアステズ(Ørsted) 電磁気の存在を証明。
1822 17 シェラン島西部スライェルセ(Slagelse)の学校(Latinskole) に入学。
散文 Gjenfærdet ved Palnatokes Grav 『直訳:パルナトーケの墓の幽霊』を発表。
戯曲 Alfsol を発表。
1824 19 ベートーベン第九交響曲作曲
1825 20 イギリス, ストックトンとダーリングトン間で鉄道開通。
1826 21 スライェルセの学校の校長シモン・メイスリングが設立したエルシノア学校に入学。
1827 22 メイスリングが詩を書くことを禁ずることなどへの不満から退学。 
詩 Det døende Barn 『直訳:死せる子供』を発表。
1828 23 コペンハーゲン大学入学。
1829 24 散文 Fodreise fra Holmens Canal til Østpynten af Amager i Aarene 1828 og 1829 『直訳:1828年と1829年のホルメン運河からアマー島のオストプンネンまでの徒歩紀行』を発表。
1830 25 スタンダール『赤と黒』発表。
フランス七月革命。
1831 26 ドイツへ初の海外旅行。 帰国後 紀行 Skyggebilleder 『直訳:シルエット』発表。
1833 28  ドイツ, フランス, イタリアへ旅行。 
1834 29
1835 30 初の小説 Improvisatoren 『即興詩人』発表。
初の童話集 Eventyr, fortalte for Børn  『直訳:子供たちのための話』発表。
ハレー彗星現れる。
1837 32 スウェーデン旅行。
1839 34 クリスチャン八世即位。
1840 35 ヨーロッパ大陸縦断旅行。 
アヘン戦争(〜42)
最初の国民高等学校開校。
1843 38 ディケンズ『クリスマス・キャロル』発表。
1844 39 デンマーク東インド会社の植民地トランケバールをイギリスに売却。
1847 42 英語版の最初の自叙伝 The True Story of My Life 出版。
初のイギリス旅行。 ディケンズと知り合う。
コペンハーゲン, ロスキルデ間に鉄道開通。
1848 43 フランス二月革命。
コペンハーゲン市民が自由憲法を求め王宮へ大行進。
フレゼリク七世即位。
シュレースヴィヒ=ホルシュタインを巡りプロイセンと三十年戦争勃発。
1849 44 キルケゴール『死に至る病』発表。
フレゼリク7世が自由憲法に署名。 デンマーク立憲王国になる。
1850 45 デンマーク領西インド諸島をイギリスに売却。
プロイセンが戦争が引き三十年戦争終結。
1853 48 コレラ大流行。
ペリー浦賀に来港。
1857 52 2回目のイギリス旅行。 ディケンズの家に1ヶ月滞在。 一家からは総スカンを食らう。
詳しくは弊コンテンツの別ページをご覧ください。
1861 56 イタリア統一。
1862 57 スペイン旅行(〜63)。 帰国後 I Spanien 『直訳:スペインにて』発表。
1863 58
クリスチャン九世即位。
1864 59 第二次スリースヴィ戦争。  講和条約でスリースヴィ(シュレースヴィヒ)とホルシュタインを失う。
1866 61 ポルトガル旅行。  帰国後 Et Besøg i Portugal 『直訳:ポルトガル訪問』発表。
1867 62 パリ万博。
1868 63 明治維新。
1870 65 普仏戦争。
デンマーク産業革命本格化。
1871 66 ドイツ帝国統一。
パリ・コミューン。
ノルウェイ旅行。
1872 67 最後の童話を書く。
1874 69 Konferensråd という称号を授与される。
1875 70 8月4日 友人のユダヤ人夫婦 Melchior の家で死去。 





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