eigo21トップページへ  休憩室へ



本館もくじへ
  別館もくじへ  新館もくじへ


ze21   【EUROPEAN POPS SERIES】 
La maladie d'amour   (Michel Sardou)
恋のやまい (ミッシェル・サルドゥ)
1973
  原詞・訳詞
『恋のやまい』(または『恋の病』または『ラ・マラディ・ダムール』)はミッシェル・サルドゥ(またはミッシェル・サルドゥーまたはミッシェル・サルドー)の歌の中で世界中で最も知られている歌です。 (注)やたら「または」がついているのはいろいろな検索パターンに対応するためです。


ミッシェル・サルドゥは1947年1月26日パリ生まれ。 父親は歌手・俳優, 母親はダンサー・女優で, 幼いときから両親と一緒にパリを始めフランス中のミュージック・ホールを回っていました。 1963年には高校を中退して父親の経営するキャバレーでウェイター兼歌手として働き, 2年後の1965年18歳のときにガールフレンドと結婚(のち離婚し1977年にサルドゥは再婚します)。 同じ年にバークレー・レコードのオーディションを受け合格。 Le Madras という曲でレコード・デビューします。


1968年, 兵役を終えて再び歌手活動を開始。 第2次世界大戦でフランスをドイツから解放してくれたのはアメリカのおかげ, というアメリカ礼賛の歌 Les Ricains (アメリカ人のフランス語のあだ名。 英語の Yankee にあたる)を作詞し発表しますが, 時はちょうどベトナム戦争の真っ最中。 当時のドゴール大統領はアメリカに対して距離を置く政策を取っていたため, アメリカの対イラク開戦にシラク大統領が反対したように, ベトナム戦争に批判的でした。 そのため Le Ricain は放送禁止になり, さらにバークレー・レコードはサルドゥとの契約更新を拒否します。


しかしドゴール大統領の極端な「愛国路線」でフランスは国際社会からは孤立し経済が打撃を受け, 労働者や学生らによる1968年5月の『五月革命』を招き, 1969年に辞任します。 この政局の動きが今度はサルドゥに追い風となり, 1970年には J'habite en France がヒット。 オリンピア劇場のコンサートも成功し, 1971年には時の大統領ポンピドーからシャルル・クロス・アカデミーのグランプリを授与されます。


以降サルドゥは『恋のやまい』をはじめ多くのヒット曲をリリースし, 幾度もオリンピア劇場で歌い, 多くの賞を受賞しますが, 彼の書く詞はときに物議を醸します。 たとえば Les villes de solitude や Les Vieux maries  はフェミニストから, Je suis pour は死刑反対論者から, Vladimir Ilitch は共産主義者から, Musulmanes はイスラム教徒から, Le Bac G は教育改革者から激しい批判を受けます。 サルドゥはどうやら保守的な文化人という立場のようですが, ホームレスのための複数の芸能人によるチャリティレコードの制作に参加したり, フランス革命200年を記念する歌をオリンピア劇場のコンサートの最後に歌うなど, 保守的な文化人がしそうもないことも一応したようです。


サルドゥという人は性格が暗いことでも有名だそうです。
そう言えばこの『恋のやまい』の歌い方に私は「粘着質的暗さ」を密かに感じていました。 今回歌詞を訳してみて, やはり歌詞の内容に合わない歌い方をしているという気持ちを持ちました。 この歌はもっと明るくニッコリした雰囲気で歌った方がいいんじゃないのかなとシロウトながら思いますが。。。 (ついでながら最後の方で短くブレイクした後の歌を歌うタイミングを忘れたみたいな部分があるのも気になるのですけど。。。 )



          


【今回の訳詞について】


私はフランス語を正式に教室で学んだことはありません。 参考書と辞書と, 英語とイタリア語の類推から意味を考えます。 したがって語学力の不足からえらい勘違いをすることがあります。 特に解釈を誤るように仕向けているかのごとき歌詞の場合は―。 
ということで今回の駄文のテーマは『誤訳への誘(いざな)い』です。 


この歌は Elle court  elle court で始まります。 単純に英語にすれば She runs she runs (または She is running  she is running) となるのでこの1行を見たとき,私の頭にはボッティチェッリの絵にあるような長い髪と羽衣を纏って走る天女のような女性の姿が思い浮かびました。


2行目に La maladie d'amour と来ました。 ズバリ邦題の「恋のやまい」にあたる言葉です。 このように名詞をポンと1行分置くことはよくあります。 その名詞がどう詞の中でつながるのか, ここで解釈をするわけですが, 今回は1行目のイメージから「彼女が走っているのは恋のやまいにかかったからだ」と解釈しました。 原因・理由を表す前置詞はありませんが, 与えられた語に語を補うことはよくあることなのでこの辺は気にせずに。


3行目は Dans le coeur des enfants 。 私はすでにこの詞を誤解しているのですが, その解釈に辻褄が合うようにこの部分も考えてしまいました。 すなわち「子供の心で」と読み, 「恋のやまいにかかった女が子供のような無垢の心で走っている」と見てしまったのです。 


そしてこの連の最後は De sept à soixante dix-sept ans 。 
de sept は前の enfants とつなげて「7歳の子供」とし, à soixante dix-sept ans を à 数字 ans が at the age of 〜「〜歳のときに」と同じと見て「77歳のときに」と解釈しました。 すると 「77歳のときに7歳児の心」となります。 これは何? 


ここで1行目で持った羽衣を纏った天女のイメージは, 77歳の皺くちゃババアが長じゅばん(もしくは腰巻)をたなびかせて7歳児のよう走っているというイメージに置きかえられました。 「恋のやまいにかかった女が77歳にして7歳児の子供のような無垢の心で走っている」 と私は解釈してしまったのです。


「老いらくの恋」ってヤツ? 高齢化社会なのだからこういう歌もあっていいのかな。 シュールと言えばシュールだし, フランスっぽいか― とさえ思い, とりあえず, 2連目に進むことに。 すると Elle chante elle chante と1行目と同じく Elle でスタート。 今度は「彼女は歌う」ということ。 1連目の続きとして老いらくの恋をしている女が歌いながら走っているイメージが沸きました。 そして次の行にあるのが La rivière insolente 。 「傲慢な川」 なんでここで川が出て来るのだ! しかも1連目の La madadie d'amour と同じく名詞がポンと1行分置かれている。


ここで閃いたのです。 この Elle chante の elle は la rivière insolente のことではないかと。 人称代名詞をその指す名詞の前に持っている1種の倒置文のようなものではないか。 すると1連目の Elle court の elle もその後に続く la maladie d'armour を指すのではないか。 そうそれが正しい解釈です。


私の誤解は Elle で始まる1行目を「彼女」と信じて疑わなかったことに始まりました。 男性名詞とか女性名詞とか中性名詞とか共性名詞など英語以外の印欧語は名詞に文法上の性があります。 英語は国や船を she で受けることはあるにせよ, ふつうは he や she が指すのは単数の生物であり単数の無生物は it で受けます。 


しかしフランス語は生物・無生物ではなく男性名詞・女性名詞によって受ける代名詞が決まります。 Elle court は「彼女が走る」以外に「それが走る」となることも考えなければいけなかったのです。 ちなみにイタリア語なら主語を省くのが普通なので第1行目と第2行目は Corre corre / la malattia d'amore となって「彼女は走る」などと誤解はしないですんだでしょう。 やはりフランス語はフランス語。  英語やイタリア語の類推で済ますという失礼な考えを持ったしっぺ返しを食らいました。


結局第1連は「恋のやまいが駆け巡る 7歳の子供から77歳までの心の中を」といった意味になりそうです。 (à soixante dix-sept ans は「77歳のときに」ではなく de 〜 à ... 「〜から...まで」の de が省略された形でしょう。)


          


さて第1連はなんとか意味が取れたものの, 第2連は正直な話, 正しい解釈であるという自信はありません。 上に書いたように 第2連の Elle chante elle chante / la rivière insolente が Elle court elle court / la maladie d'amour の正しい解釈を導くカギになり, Elle が後ろの la maladie d'amour を指すことがわかったのですが, それでは 第2連の Elle も後ろの la rivière insolente を指すのでしょうか。


第1連と対句になっていると見るとそうです。 しかし もし第2連の elle が la rivière insolente を指すとすると第3連や第4連にある Elle も la rivière insolente を指してもおかしくなくなります。 この詞全体の elle は la maladie d'amour に統一した方が自然なのではないではないでしょうか。 第2連の chante は他動詞として「〜を歌って称える」とし, その目的語が la rivière insolente とする解釈ではまずいでしょうか。 このような chanter の目的語に自然物が来る例はないか検索したらアダモの Mon ombre という歌に Je chante le soleil / Et toi tu vis comme mon ombre  「私は太陽を歌い称え 君はボクの影のように生きる」という一節があることがわかりました。


しかし問題が残ります。  la rivière insolente が一体正確に何を意味するのかわからないのです。 直訳すると「傲慢な川」。 これを先行詞として続く関係代名詞 qui 以下の unit dans son lit / Les cheveux blonds les cheveux gris も直訳すると「その川の流れの中で ブロンドの髪と灰色の髪を一つにする」 となりますが, これは一体何を意味するのか。 


ブロンド娘とロマンス・グレーの紳士がHなことしている場面かな― と想像するのですけれど, やはり「傲慢な川」がイマイチわかりません。 (lit はベッドですけれどここでは「川の流れ」と辞書にあるのを選びました。  ただベッドとのdouble meaningである可能性はあるかと思います。) このように自分でも自信を持って意味が取れないものはウエッブ上に浮かべるのは気がひけるのですが。 この連の解釈は読む人のお気に召すまま― としておいてください。