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ze19   【EUROPEAN POPS SERIES】 
Paroles paroles (Dalida & Alain Delon)
Parole parole  (Mina & Alberto Lupo)
甘い囁き(パローレ・パローレ)
  (ダリダ, アラン・ドロン/ ミーナ, アルベルト・ルーポ)
1973
1972
ダリダ, アラン・ドロン   原詞(フランス語)・訳詞
ミーナ, アルベルト・ルーポ  原詞(イタリア語)・訳詞
70年代のある時期に, 私はシャンソン・フレンチポップスを紹介するNHKのラジオ番組を毎週聞いていました。 タイトルはもちろん, 何曜日に放送していたのか, AMかFMかすら覚えていません。 ただ覚えているのはDJ(というか「案内役」)が葦原英了さんであったこと。 日本語の発音にフランス語の影響が伺われる気品のある語り口が印象的でした。 


葦原英了さんのこの番組から古いシャンソンや当時流行っていた歌をいろいろ聞くことができましたが, この番組を思うと私はその中でもダリダが思い浮かびます。 それは葦原英了さんのフランス語なまりのある日本語と, ダリダのイタリア語もしくはアラビア語なまりのフランス語の取り合わせのせいかと思います。


          


【ダリダについて】
で, ダリダって誰(だり)だ? と凍て付くシャレが思いついたあなたのために簡単にダリダの紹介を。


1933年1月17日エジプト・カイロ近郊生まれ。 本名ヨランダ・ジリョッティ(Yolanda Gigliotti) 。 両親は南イタリアカラブリア州カンタンザーロ県からの移民で伯母は伝説的な舞台女優エレアノール・ドゥーゼ(Eleanor Duse 1858-1924)。
1954年 ミス・エジプトに選ばれ吹き替え女優になるが, フランスで女優になるべくクリスマスイブにパリへ。
1956年 オリンピア劇場の「明日のナンバーワン」というオーディションに参加。 サン=サーンスの『サムソンとダリラ』から取った芸名ダリラを名乗るがダリダに変えることを勧められここにダリダ誕生。 『バンビーノ(Bambino)』初ヒット。 
1961年 マネージャのルシアン・モリスと結婚。 数ヶ月後離婚。
1966年 イタリアのレコード会社を通じて新鋭のカンタウトーリ(=シンガーソングライタ)のルイジ・テンコと知り合い付き合い始める。 
1967年 ルイジ・テンコと結婚することを公表。 サン・レモでルイジ・テンコと Ciao Amore Ciao を歌う。 しかしこの曲は入選せずこれに抗議してルイジ・テンコはホテルでピストル自殺。 ダリダも数ヶ月後, 睡眠薬を飲んで追い自殺を図ろうとする。
1960年代後半, 当時の風潮も手伝ってフロイト心理学やインド哲学などにも関心を持ち, またステージでは長身に長いドレスと髪で歌い, 「聖母のような」歌手とあだ名がつく。 
70年代, フランス本国は元よりヨーロッパ各地さらに日本でも彼女の歌がヒット(973年 『パローレ・パローレ』  1974年 『愛するジジ(ジジ・ラモローゾ)』。 同年来日。) 70年代後半には活動の場はさらにアメリカに広がり, 80年代はフランスを代表する国際的歌手となります。 


彼女のレパートリーは広く, 伝統的なシャンソンあり, イタリア語やスペイン語, アラビア語などで歌うワールド・ミュージックあり, ディスコ系あり, 英米のヒット曲のフランス語バージョンあり(古くは『ビキニ姿のお嬢さん』, 『悲しき天使』など。 ちなみに キャット・スティーブンスの Lady d'Arbanville (30秒試聴 Media Player)は私の好きな彼女の歌でした) と多種多様。 録音した歌は500曲以上, 全世界でのレコードの売上げは8000万枚。 55のゴールドディスクを受賞と仕事の面では大成功を収めます。


しかし私生活が不幸で, 何度も破局を経験します。 1967年のルイジ・テンコに続き, 1983年には昔付き合っていた恋人も自殺。 そして1987年5月3日, 当時の恋人のある医者と破局。  「人生は耐えられない。 許してください。」という遺書を残し睡眠薬を多量に飲んで自らの命を絶ってしまいました。 デビューして31年目,  54歳の時でした。


イメージ検索(google) この中にはモンマルトル墓地のダリダの墓の写真もあります。 


現在もダリダの曲はリミックス盤を含め多数発売されており, また2001年にはフランスの切手に描かれるなど今でも人気は衰えていません。


          


【アラン・ドロンについて】
google の検索結果から適当なサイトを選んでください。


【ミーナについて】
別ページをご覧ください。


【アルベルト・ルーポについて】
1924年12月19日ジェノバ生まれ。 多くの国では外国映画は自国語に吹き替えて上映されます。 イタリアも例外ではなく, 映画やテレビの吹き替え俳優・声優(doppiatore)がいます。 アルベルト・ルーポもその俳優だけでなく, 吹き替え俳優としても特にテレビ放送が普及した50年代後半から60年代を中心に活躍しました。 
この歌を吹きこんで5年後の1977年に脳血栓で倒れ長い病棟生活とリハビリの後, 芸能界に復帰しました。 しかし昔ほど活躍する場がないまま 1984年8月13日死去。 享年60歳でした。  出演映画一覧(日本) (イタリア)


          


【パローレ・パローレについて】
1972年, イタリアの M.キオッソ, G. デル・レ,  G.フェリオによるミーナ&アルベルト・ルーポ盤が先行発売。   翌年1973年, ミッシェルによるフランス語訳のダリダ&アラン・ドロン盤が発売されました。 日本ではアラン・ドロンの知名度からフランス語盤の方がヒットしました。


タイトルにある「パローレ(parole)」はイタリア語で「言葉」を意味する parola の複数形。 フランス語盤のタイトル Paroles paroles はフランス語の「言葉」を意味する parole[パロール] の複数形。 しかしフランス語盤でもコーラス部分でダリダが繰り返して歌っている parole parole parole はイタリア語のまま「パローレ・パローレ・パローレ・パローレ」と歌っています。 


イタリア語盤とフランス語盤の歌詞を比べるとおもしろいでしょう。 全体にダリダのフランス盤の方が多弁で凝った表現が多い印象を受けます。 日本語と同じく多音節言語のイタリア語は一つのメロディで多くのことを言えないためどうしてもイタリア語の歌詞の方が言葉数は減ってしまうためにこうなるのでしょう。  


例えばダリダが


   Encore des mots  
   toujours des mots  
   Les mêmes mots  
   また言葉。 
   いつも言葉。
   同じ言葉。


と歌っている部分でミーナの歌詞は


   Che cosa sei? 
   Che cosa sei? 
   Che cosa sei?
   あなた何者? 
   あなた何者? 
   あなた何者?


仮にこの部分のフランス語をイタリア語に直訳すると 


   Ancora le parole
      Sempre le parole
      Le stesse parole


と字余り状態になってしまいます。  一方, イタリア語の Che cosa sei? をフランス語に直訳すれば 


   Qu'es-tu?
   Qu'es-tu?
   Qu'es-tu?


となって,字足らずになっていまします。 Qu'est-ce que tu es? としてもメロディと合いません。 しかしミーナのイタリア語盤の方の Che cosa sei? の繰り返しはしっくり行きます。 このようなことから作詞家や訳詞家はそれぞれの言語の音感の特質を生かして歌詞を作っているのだということがわかります。


          


最後にそれぞれの歌詞のウラに暗示されていると思われること記しておきます。
フランス語盤のコーラスの最後にある 


   encore des paroles que tu sèmes au vent
   また言葉 あなたが風上から蒔いているのは


はフランス語の諺 Qui sème le vent récolte la tempête. 「風を蒔く人は嵐を刈り取る」 が背景にあると思います。 この諺の意味は「悪いことをするとその報いを受ける」ということで日本語の「身から出た錆」にあたるようです。 言葉巧みに誘惑している男性を冷たくあしらう女性。 たぶん過去にこの男性にひどい目に遭わされたのではないでしょうか。 今回はその報復として男性をじらす。 こうなるのはあなたの身から出た錆― と解釈するのはどうでしょうか。


一方, イタリア語盤で奇異に見えるのがアルベルト・ルーポのセリフにある


  Si spegne nei tuoi occhi la luna
  e si accendono i grilli
  君の目の中で月が消えて
  コオロギが興奮する。


真っ暗な夜にコオロギがうるさく鳴くということでしょうが, フランス語盤の「砂丘の上の星たちを踊らせる音楽」と比べて「コオロギが興奮する」というのはロマンチックではありません。 si accendono は第1義は「燃える」という意味ですから滑稽ですらある情熱的なくどき文句です。 


実はイタリア語の「コオロギ」 grillo には俗語で男性のナニの意味もあるので読みようによってはHな部分です。 もっとも複数形になっているのがひっかかりますけれど。
(参考)
イタリア語はナニに関する俗語が異常に多い言語と言われています。 私は, その手の言葉を集めたサイトやイタリア語俗語辞典を利用して「使ってはいけないイタリア語単語集」というコンテンツも作りました。 ここをクリック。 (下の方に905語に及ぶ Cin-Marco大全集という力作もあります。)