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ze18   【EUROPEAN POPS SERIES】 
Rain And Tears   (Aphrodite's Child)
雨と涙  (アフロディテス・チャイルド)
1968
  原詞・訳詞
60年代終わりから70年代の初めのギリシャというと軍のクーデターによって生まれた軍事政権とそれに抵抗する知識人や学生の政治運動が盛んで, 連日のようにマスコミに登場していたという印象があります。  軍事政権を嫌うギリシャの芸術家たちの中にはこれと戦う者もいましたが, 中には平和を求めて海外に出て行った者もいたようです。
ヴァンゲリス・パパタナシウ(Vangelis Papathanassiou)  デミス・ルソス(Demis Roussos) ルカス・シデラス(Lucas Sideras)からなるアフロディテス・チャイルドは後者の立場を取り, 1968年故国を後にしイギリスに向かいました。
アルギリス・クルリス(Argyris Koulouris) もメンバーの1人でしたが兵役のためギリシャに残らざるを得なかったようです。


この時代は, ギリシャだけでなく日本もアメリカもイギリスも世界中で「闘争」が起きていた時代でした。 フランスでも交通ストライキがあり, アフロディテス・チャイルドはパリからイギリスに渡るにも足止めを食らう状況でした。 しかもイギリスに労働のため入国することが難しかったことがわかると, 彼らはパリで音楽活動をすることに決めます。


政治難民のような彼らでしたが, 人生万事塞翁が馬で, パリに来てまもなくリリースした『雨と涙』がフランスはもとよりヨーロッパ, さらに日本でヒットします。 
とげとげしい時代だからこそ, パッフェルベルのカノンを素にしてしてできたクラシカルなポップスは人々に受け入れられたのでしょう。 この時期, 当時の流行のサイケデリック・サウンドの一つとして, プロコルハルムの『青い影』,ポップ・トップスの『涙のカノン』, ティンカーベルス・フェアリーダストの『誓いのフーガ』など一連のバロック系の曲がヒットしました。


彼らは1969年のサンレモ音楽祭でメアリー・ホプキンスとセルジオ・エンドリゴが歌ったに『瞳はるかに(Lontano dagli occhi)』をイタリア語で吹きこむなどコマーシャリズムを持っていながら, 兵役が終えたアルギリス・クルリスとともに1971年には新約聖書のヨハネの黙示録に基づいたコンセプトアルバム『666』を一年かけて作成するという芸術性も兼ね備えいました。 
実験的なアルバム作りは60年代終わりから70年代のロックの特徴的ですが, このアルバムは今でも評価が高いようです。
しかしこのアルバムが完成した時はグループは解散。 それぞれソロとして活躍するようになります。


          


【雨と涙について】
繰り返し現れる「雨でも涙でも同じこと。 でも太陽の下ではゲームをしなくてはいけない。」とは何なのでしょう。 ギリシャ人の作った詞だと思って読むと哲学的な感じがしないでもありません。 
雨が降っていれば涙も雨も同じものだから泣いても気付かれないけれど, 晴れているときは泣いてはまずい。 周りの雰囲気に合わせ明るく振舞わなくてはいけない。 と言った意味なのでしょうか。


全体に今一つ意味がわからないのが, この時代らしさを出しています。  「虹色の波 (rainbou waves)」 などという言葉が出て来ますが, これなどサイケデリックなデザインを連想させますね。


この歌を聞くときのヒントを一つ。
両手で「小さな前へならえ」を作って, それを振り子のように振りながら, 肩を横に滑らせるようにして, 左左 右右 という具合にゆったりとリズムをとること。 
こうすると, ほら, 60年代終わりに戻ったみたいな気がするでしょう?


          
さてヨーロッパ文明の発祥の地, ギリシャはアフロディテス・チャイルド以外にも60年代70年代に日本でもおなじみのシンガーやミュージシャンを生んでいます。


その中でもヴィッキー(レアンドラス)(Vicky Leandras) が日本では一番有名なギリシャ出身の歌手と言えるでしょう。 英仏独伊はもちろん日本語も『待ちくたびれた日曜日』などをリリースした多言語歌手です。 
現在の姿はここ→ http://www.vickyleandros.com/


大きな眼鏡がトレードマークのナナ・ムスクーリ(Nana Mouskouri)はギリシャ本土で活躍するうちに徐々にヨーロッパに活動を広げたという意味では最もギリシャを代表する歌手であると言えるでしょう。 シャンソン・フレンチ・ポップス系ですが, 彼女も黒人霊歌『アメイジング・グレイス』や日本の童謡『赤とんぼ』など歌う,こちらも多言語歌手です。 


70年代の初めに『私の孤独』がヒットしたジョルジュ・ムスタキ(George Moustaki)は正確にはギリシャの歌手とは言えないかもしれません。 両親がヴィッキーと同じコルフ島でありながら, 生まれたのはエジプトのアレキサンドリア。 家では伯母も含めてイタリア語を話し(この一家はギリシャが嫌いでエジプトに移民してきたくらいなのでギリシャ語はご法度だったようです), 街中ではアラビア語を話し, 学校では, フランス人学校に通っていたのでフランス語を話す, というやはり多言語の環境で育っています。 ギリシャに初めて言ったのは1966年32歳のとき。 シャンソン歌手になってからです。 政治的・哲学的な姿勢は後のギリシャの政変に際し顕著になります。


他に女優のメリナ・メルクーリ(Melina Mercouri)もフランスで活躍する正統的なシャンソン歌手で彼女も故国の軍事政権への批判を歌に託しました。
歌手ではありませんが, 『第三の男』で有名なチター奏者アントン・カラス(Anton Karas)もギリシャの現代音楽には欠かせないアーチストです。