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ze17   【EUROPEAN POPS SERIES】 
Viens viens    (Marie Laforêt)
ヴィアン・ヴィアン (レイン・レイン)   (マリー・ラフォーレ)
付:Mamy Blue   (Vicky)
   マミー・ブルー (ヴィッキー)
1973
ヴィアン・ヴィアン(レイン・レイン)原詞・訳詞(マリー・ラフォーレ=仏日)   
原詞・訳詞(サイモン・バタフライ=独日)
マミー・ブルー(一部) 原詞・訳詞(ヴィッキー=英日)
原詞・訳詞(ポップ・トップス=英日)
原詞・訳詞(ニコレッタ=仏日)
 原詞(ダリダ=伊日)
原詞・訳詞(リッキー・シェーン=独日)
「マリー・ラフォーレ? 明治神宮駅の前にある。。」「それ,ラフォーレ原宿。」
「なんだ, ミック・ジャガーの元恋人か。。」 「それ,マリアンヌ・フェイスフル。」


私は小さい頃, マリー・ラフォーレとマリアンヌ・フェイスフルを混同してました。 マリアンヌ・フェイスフルはフランス人かな, とかボンヤリと思ってました。 Faithful なんてりっぱな英語だけどその当時は「マリ」と「フ」の字に惑わされていたのです。
ラフォーレ原宿の方は当時ありませんでしたけどね。


さて,改めてマリー・ラフォーレ。 1940年フランス・ペリゴー生まれ。 イメージ検索はこちら  ※誕生年については1939年から1941年まで諸説あるようです。 ここでは真中をとって1940としました。


姉妹のオーディションに行ってルネ・クレマン監督に気に入られ, 『太陽がいっぱい(1959年: Plein Soleil)』のアラン・ドロンの相手役に抜擢される。 
病気の治療に始めたギターの勉強のおかげで歌手としても成功。 デビュー曲はジェラール・ルノルマンによる Les Vendanges De L'Amour' がフランスでヒット。 『黒くぬれ』や『マンチェスターとリバプール』『コンドルは飛んで行く』『サウンド・オブ・サイレンス』などカバー曲も手がける。

 
        


今回は『ヴィアン・ヴィアン』の付録として『マミー・ブルー』も取り上げました。
2つとも1968年の『悲しき天使』とともに競作曲の代表ですし, メロディ・ラインが似通っているだけでなく, その詞の内容も暗いという共通点があります。
暗い詞というと,1930年代半ば, それを聞いたが故に自殺者が続出, 演奏禁止になったハンガリー由来のシャンソン『暗い日曜日』が有名です。 『マミー・ブルー』や『レイン・レイン』を聞いて自殺したなどということはなかったとは思いますけれど。


『マミー・ブルー』は, 一家離散がテーマという変った歌です。
今回は英語, フランス語, ドイツ語, イタリア語の各バージョンを訳して比較してみました。  どれも同じような歌詞なのですが, 英・仏・独の各バージョンは, 家を飛び出した「私」が帰郷したら, 母親はあの世の人で家は荒れ果てていたという詞であるのに, イタリア語盤は「私」が家出して行くだけでなく, 母親も駆け落ちするという, より悲惨な詞になっています。 さすがに情熱の国イタリアらしいといったところでしょうか。


一家離散がテーマの『マミー・ブルー』に対し, 『ヴィアン・ヴィアン』も負けていません。 こちらは, 家を捨てた父親の元に娘が出向き,帰ってくるように説得すると言う, これまた歌舞伎や文楽の世話物の世界を思わせる設定です。
『レイン・レイン』の場合, ネット上にはドイツ語盤しかなくそれを訳しましたが, こちらはありふれた失恋の歌。 なんとなく理屈っぽそうに聞こえるのはドイツ語だからという思い込みでしょうか。


さて, その 『ヴィアン・ヴィアン』を三十路を過ぎたマリー・ラフォーレが, 少女になって絶唱しています。 女優さんらしい感情移入の激しい歌いっぷりに, 感動して涙するか, それとも笑ってしまうのか。 人格のリトマス紙みたいな歌ですね。