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| z26 | Crossroads (Cream = Eric Clapton) クロスロード(十字路) (クリーム=エリック・クラプトン) |
1969 |
| 『クロスロード』(クリーム=エリック・クラプトン)について 原詞・訳詞 『クロスロード』30秒試聴 『クロス・ロード・ブルーズ』30秒試聴 ロバート・ジョンソンの生い立ち 『クロスロード・ブルーズ』(ロバート・ジョンソン)について 原詞・訳詞 『トラベリング・リバーサイド・ブルーズ』(ロバート・ジョンソン)について 原詞・訳詞 ロバート・ジョンソン関係の地名・地図 |
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| もう30年以上も前, スタジオ・ミュージシャンが寄せ集まって作るキャッチーなバブル・ガム系ばかり聞いていた中学生が, たった4曲しか入っていない, しかもフィルモア・ライブなんてLPを買うなんていうのは勇気のいることでした。 でも中学時代は背伸びをしたがる年頃。 ポリドールのアート・ロック・シリーズは1枚はあるとちょっと大人になったかと思わせたし, サイケな線画を金箔で覆ったようなジャケットを部屋に飾ると, 訳のわからない精神世界に入っていくようでカッコいいと思わせるものでした。 それで思いきって買ってしまったのです。 クリームの Wheels of Fire 〜 Live at the Filmore 。 1,750円也。 スタジオ録音の銀箔盤まで買うゆとりなどなかったのでこれ1枚。 でも聞いたのは Crossroads が7割で Spoonful が2割。 残りの Traintime と Toad はどんな曲だったのかまったく記憶にない。 自分は所詮45回転系の人間なのだということを知った挫折感。 今でも残っているこのLPのジャケットを見るとなんとなく悲しくなってしまうのです。 (それにしてもそのジャケットの中身の配色のドギツサ。 ショッキング・ピンクなのですが, すっかり弱くなってしまった目にはこの色がきつくて30秒も見ていられません。 あの頃は何も感じなかったのだから, こんなことでも年取ったことが実感できるものなのですね。) 話は唐突にミシシッピー州クラークスデイルという町から始まります。 ロバート・ジョンソン関係の地名・地図参照ください。 この町は, チャーリー・パットン,ブッカ・ホワイト,マディ・ウォータ,ジョン・リー・フッカー,アイク・ターナー(アイク&ティナ・ターナーとして一般のオールデイズ・ファンにはおなじみ),そしてロバート・ジョンソンなどが活躍していたデルタ・ブルーズの中心地として有名です。 この人口2万人ばかりの町にはミシシッピ川沿いを北上する国道61号とミシシッピ州の中部を通って北上する国道41号が走っています。 この二つの国道が交差する十字路に立つ大きなギターの看板は,古い鉄道駅を改築したデルタ・ブルーズ博物館と並んで,クラークスデイルのランドマークであり観光名所となっています。 さてこの大きなギターの看板はなんのモニュメントなのでしょう。 ![]() ○が国道61号と49号の現在の交差点。 十字路に特別の力が潜むと考え, 多くの民族はそこに守護神を祭ったり儀式を行ったりしました。 特にアフリカから奴隷として渡って来た者が多いアメリカには, アフリカ起源の宗教的儀式が生活の中に取り入られ,十字路を巡るまじないの類も伝えられました。 魂を悪魔に売る引き換えにバンジョーやギターが上達させるというのもその一つです。 「9日間毎朝墓地へ行き塵を小壜に入れて十字路に行き, そこでバンジョーかギターを弾くと9日目の朝,悪魔がやって来る。 恐れずにそのまま弾き続ければ悪魔との取引が成立する」 この儀式(またはその類の儀式)をしてギター・テクニックを上達させたブルーズ・ギタリストは, トミー・ジョンソンでした。 彼は急にギター・テクニックが上達して驚く兄弟のルデル・ジョンソンにこのこと告白したのです。 ところが,あるライターが,意図的にトミー・ジョンソンをロバート・ジョンソンと変えて, 世間に噂を広げます。 「ロバート・ジョンソンが, 半年足らずでギターテクニックを見違えるほど上達したのは, 彼がクラークスデイルの国道49号と61号の交差点で悪魔に魂を売ったからだ。」と。 これは, 姓が同じジョンソンであり, しかもロバート・ジョンソンは Cross Road Blues を作っていましたし, 何よりトミー・ジョンソンよりロバート・ジョンソンの方が有名だったからでしょう。 また彼の詞には悪魔的・異教的な雰囲気のあるものが少なくありません。 そうみると確かにロバート・ジョンソンにした方が辻褄が合うし, 何より伝説のギタリストにぴったりの話になります。 さらに話に尾ひれをつけることができます。 Cross Road Blues を歌ったロバート・ジョンソンの非業の死と,オールマン・ブラザーズ・バンドのメンバーの二人のメンバーの相次ぐ事故死, それにエリック・クラプトンの息子の悲劇を引き合いに出し, 呪われた歌= Cross Road Blues という印象を植え付ければ, ますますロバート・ジョンソンとこの十字路が結びついてしまうと言えるでしょう。 (ルート「49」は日本語から見れば不吉な数字であると言い出せば, この伝説に駄目押しの一発が。。 もっとも国際的には説得力がありませんけどね。) 伝説や史実のあるところに記念碑が建ち, その周囲に土産屋が立つというのは洋の東西を問わずよくあることです。 クラークスデイルの十字路に立つ看板もその類で日本ならさしずめ観光客がVサインをして記念写真を撮り「クロスロード最中」でも買って帰るようなところでしょう。 でもその伝説・史実は
ごく簡単にクリームについて クリームはエリック・クラプトンがヤードバーズを離れジョン・メイオールズ・ブルーズバンドを離れ,ドラマーのジンジャー・ベイカとペイシストのジャック・ブルースと組んで1966年に結成されたバンドです。 『サンシャイン・ラブ(Sunshine of Your Love)』や『ホワイト・ルーム(White Room)』『クロスロード(Crossroads)』などシングルヒットやアルバム Wheel of Fire を出して一般にも名を知られるようになった1969年に解散します。 60年代末から70年代初めは最もロックが実験的な試みをしていた輝いていた時代であると言えます。 彼らはコマーシャリズムと芸術性(または先駆性)という相反する価値の狭間を泳いで行かざるを得ず, 当然, メンバー内でもメンバーと周囲の間でも価値観の衝突があり,それが元で解散してはまた新しいバンドが生まれるということがあちこちで起きていました。 クリームもそんなロックの過渡期のバンドの一つと言えます。 また人気絶頂期に解散するという鼻につくほどカッコイイ真似をしたのも,既存のものへの反抗が若者のステイタス・シンボルであったあの時代らしさを物語っているように思えます。 『クロスロード』について 1968年のクリームのヒット曲『クロスロード(十字路)』はロバート・ジョンソンの Cross Road Blues を元にロックにアレンジし直した曲です。 歌詞は Cross Road Blues と, ロバート・ジョンソンの Traveling Riverside Blues の一部を混ぜた形になっています。 上にも書いたように, この歌は十字路で魂と引き換えに悪魔からギター・テクニックを授かるという内容ではありません。 単純にヒッチハイクが成功せずにブルーになった青年=ロバート・ジョンソン自身を歌った歌です。 それではロバート・ジョンソンとはどういう人物なのか, この歌を理解するためにロバート・ジョンソンの生い立ちと『クロスロード・ブルーズ』並びに『トラベリング・リバーサイド・ブルーズ』の歌詞について調べまた考察してみましょう。 クロスロード (クリーム=エリック・クラプトン) ロバート・ジョンソンの生い立ち クロス・ロード・ブルーズ(ロバート・ジョンソン) トラベリング・リバーサイド・ブルーズ(ロバート・ジョンソン |
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