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z17    Time of the Season   (The Zombies)
 二人のシーズン (ゾンビーズ)   
1969
vs
 When Will I See You Again    (Three Degrees)
 天使のささやき  (スリー・ディグリーズ)
1974
二人のシーズン    原詞・訳詞     
天使のささやき    原詞・訳詞
いやあ, またまたやっちゃいましてね。 何がって, またタイトル間違えてたのですわ。 フランス・ギャルの『天使のためいき』とスリー・ディグリーズの『天使のささやき』を混同してたのでした。  『恋はすばやく』と『恋はあせらず』の混同に続くパンツのジッパー下げて歩くこと数ヶ月状態で。 あははははは。


てっきりスリー・ディグリーズの歌のイントロにある「は〜ん・あ,ふ〜ん」が『天使のためいき』かと思ってたってのが間違いのきっかけ。  ボケたワケじゃなくてもともと横文字に強いからそっちでタイトル覚えてて邦題はどうでもよくなっているってワケ(←という言い訳がどこかイヤミったらしいワケ)。
ともかくこういうことでも即, 前向きにホームページ作りに反映してしまうのがクリエイちブな私の性分で, ここでひらめいたのが『ため息入りの曲』対決!  あっは〜ん。


          


まずはゾンビーズ。
60年代のイギリス・インベージョンの担い手といってもよいバンドながら, その前衛的なスタンスからイマイチのバンド生命を送った悲劇のバンドでもあります。


61年ロンドン郊外のセント・アルバンズ高校であるバンドが結成されます。
ロッド・アージェント(キーボード), ポール・アトキンソン(ギター), ヒュー・グランディ(ドラムズ)がまずはじめに意気投合。 これにポール・アーノルド(ギター)が参加し, 彼はボーカリストとして成績トップで運動力抜群の保険会社就職が決まっていたコリン・ブランストーンを紹介。 ここにゾンビーズが誕生します。 (やがでポール・アーノルドはグループを抜けクリス・ホワイトに代ります。 なおポールは後に内科医になります。)


彼らは地元を中心に50年代のロックなどを演奏してギグを重ねて行き運命の63年を迎えるのでした。 大学進学からバンド解散も考えていた彼らですが, 地元のバンド・コンテスト『ハート・ビート・コンテスト』にロッドとクリスがエントリー, ここで見事優勝し賞品のデッカ・レコード(ビートルズをオーディションで落したことで有名なレーベル)へのデモ審査のチャンスをもらいます。


結果的にはそのデモ・テープはレコード化され衝撃のデビューとなります。 それがロッドの作品である『シーズ・ノット・ゼア(She's Not There)』  1964年, 東京オリンピックの年のことでした。
それから13年後の1977年にサンタナがカバーしてこちらもその年のビルボード・トップ40の27位にランクされています。
『シーズ・ノット・ゼア』は本国イギリスでも第20位というそこそこのヒットとなりますが, 海を渡ったアメリカでは第2位に。 なぜか彼らは本国よりもアメリカでの受けの方がよかったようで翌年の『テル・ハー・ノー(Tell Her No)』もアメリカでヒット・チャート入りします。


彼らの悲劇は本来アルバム系のバンドなのにシングルばかり出されたこと。 ビートルズのようにアイドル系のプロモーションをされながら, 出す曲は実験的, 前衛的なサウンドと歌詞ばかりで, ラジオのヒット・パレード向きではなかったのです。 60年代によくあるB面の方が評判になるようなシングル盤作りをしたりします。
日本ではカーナビーツでおなじみの『好きさ好きさ好きさ(I Love You:1965)』。 これはもともと Whenever You're Ready のB面でした。


イマイチ売れない彼らは1967年デッカ・レコードの契約が切れるとCBSと契約を結び, 最初で最後のアルバムOdessey and Oracle  をスタジオ・ミュージシャンの助けも借りて作成。 これまたイギリス本国での扱いは冷たくあしらわれ翌年1968年アメリカのみで発売されますが, このときにはもうゾンビーズは解散していました。


ところが1969年になってこのアルバムからシングル・カットした『二人のシーズン』がキャッシュボックス1位, ビルボード2位, 全米で売上げ200万枚を越すヒットになったのです。 しかし肝心のゾンビーズはもういない。 しかも本人たちは再結成する気もない。 すると偽ゾンビーズがあちこちに横行する, いわばゾンビーズのゾンビーの出現という怪奇現象となったのです。
このようにヒットしているのにそのバンドは存在しないというのは60年代末ポップスの楽しい(?)現象でした。 カセネッツ・カッツのバブル・ガム・サウンドはその常連ですし, 『ラブ・キャン・メイク・ユー・ハッピー』のマーシーは伝説化さえしています。 後者に関してはいつかこのサイトでも取り上げたいと思っています。  


追記:
2004年4月1日にポール・アトキンソンが腎臓と肝臓の疾患のため死去しました。 享年58歳でした。  


他のゾンビーズの収録曲 好きさ好きさ好きさ


          

片やスリー・ディグリーズ。
彼女たちのプロフィールを調べたら意外に昔からやっているのでおどろきました。
私はてっきりディスコ・サウンドが流行り出したころにできた, 日本で言えば小室等プロデュース系の, デジタル的に人と人をくっつけ合わせて作ったグループかと思っていました。
結成は1963年。 そう思うと「スリー○○」という名前が古風ですね。
日本ならスリー・ファンキーズとかスリー・グレイセスとかあったけど, たぶん, 当時の流行りだったのでしょう。


しかしメンバーはコロコロ代ります。 
オリジナルのラインアップは   Fayette Pickney, Shirley Porter, Linda Turner。
彼女らは50年代の the Chantels, Little Anthony & the Imperials, Frankie Lymon and the Teenagers といったバンドのプロデュースをしていたリチャード・バレットに見出され Gee Baby (I'm Sorry) を出します。


これが次のように変遷していきます。
1963   Fayette Pickney     Shirley Porter     Linda Turner
196X     Fayette Pickney     Helen Scott     Janet Jones
1966     Fayette Pickney     Sheila Ferguson  Janet Jones
1967     Fayette Pickney     Sheila Ferguson   Valerie Holiday
Sheila Ferguson は当時リチャード・バレットがマネージメントをしていた歌手で単独でもレコードを出し続けます。


1970年にルーレット・レコードに移籍して Chantels の Maybe を出します。
以降レーベルを短期間に渡り歩き, また1971年には映画『フレンチ・コネクション』に出るなど, それなりの存在感を示しますが, 彼女たちの名が世界的に知れ渡ったのは1973年 フィラデルフィア・インターナショナル・レコード (PIR) に移籍し, 『ダーティ・オール・マン』 のディスコ・サウンドを生んだときでした。
それからは70年代の華やかなディスコに欠かせない存在となったのです。


1976年にオリジナルからいた Fayette Pickney が脱退 Helen Scott が復帰します。 そして78年にはヨーロッパ系のアリオラ・レーベルと契約, チャールズ皇太子の30歳の誕生パーティで歌ったり, ダイアナ妃との結婚式に招待されるなどヨーロッパでの活躍が目立ち始めます。
以降80年代90年代を通しメンバーの入れ替えやレーベルの移籍はありますが, 『スリー・ディグリーズ』というブランドはなんと40年近くに渡ってポップス界に君臨し続けたのでした。


以下はウエッブ上に浮かんでいた Photo Gallery のアドレスです。 コピー&ペーストしてアクセスして下さい。
http://surf.to/threedegrees


          


最後に歌詞について。
今回は両方とも文字数が少なくて訳すのに助かりました。  
特に『天使のささやき』の方は全部疑問文, それも中学2年の1学期から2学期前半の学習事項, 未来形と have to どまりという簡単な文型からなる歌詞。  つい職業柄, 訳が中学2年生向けの直訳調になってしまっている(笑)。 
中学生の英語の授業で使うのも手かもしれないけど, 色気が強すぎてマズイでしょうね。


一方, 『二人のシーズン』の方はHな歌詞でこりゃ授業で使うのは×。
しかし彼らの実験的な曲作りが垣間見れる面白い詞です。 


正直なとこ, ゾンビーズにしろこの曲にしろリアル・タイムで聞いていたときはさほどイイとは思わなかったけど, 今回彼らについて調べて改めてこの曲を聞くと, 彼らの進取的なところに軽いカンドーを覚えました。
たまたま先日タワー・レコードでオールデイズのオムニバス盤を見ていたとき(老眼鏡がなかったから曲名が見えなくて見えなくて。 オールデイズ物のコーナーには老眼鏡を設置しておくのも手ですよ, CD屋さん), となりが Z で始まるバンドのコーナーだったので, ゾンビーズのCDが顔を見せていて, 今でもこういうの出ているんだと感銘を受けたのですが, 案外若者の中には買うのがいてもおかしくはありませんね。