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 Do You Really Want To Hurt Me    (Culture Club) 
 君は完璧さ    (カルチャー・クラブ)
1983
     原詞・訳詞  
このコーナーは60年代70年代の曲を集めるのに, 80年代・90年代のポップスの代表カルチャー・クラブがなぜか登場。 
何か1つのことを客観的に見るには相対性が必要という考えで入れてみました。
というのは表向きの理由で, 多少, 若い世代(といってもこれが流行った頃中高生だったとすればもう30代半ばとなっているはず)も意識してのことなのです。 


この曲は今(現在2003年)から20年前の曲。 でも今聞いてもあまり違和感はありません。
一方84 愛なき世界が1964年のヒット曲ですから, そのまた20年前と言うことになります。  『愛なき世界』を1983年に聞いていれば, たぶん古臭いと思ったでしょう。 つまり同じ20年と言っても, 『愛なき世界』と『君は完璧さ』の間の20年の開きは, 『君は完璧さ』と現在の開きよりずっと大きい感じがします。 
これは60年代70年代のポップスの動向がそれだけドラスティックだった証拠はないかと思うのです。 


一方, 80年代90年代そして現代になると, あまり時代差がない感じがします。 その理由の一つがアナログからデジタルの移行して, 音作りがパターン化されて来たからではないかと思うのです。 例えば『見つめていたい』もそうですが, ループのように同じフレーズを繰り返すみたないかにもデジタル処理的で曲を作るとか。
結果的に洋楽がつまらなくなった原因であると思うのですが。 

 
カルチャー・クラブ, というよりボーイ・ジョージ自身も「デジタル的」存在で今でも十分に通用しますね。  彼(ら)を見ていると, 60年代70年代がヒッピーに代表される汚く貧しいが精神・思想といった内面性を重視したのに対し, こちらはきれいで豊かで物質的な代表のようで, 対峙的で面白いと思います。


個人的にはこの曲はすんなり耳に入って来て好きなんです。 そどうしてなのだろう, と考えて気付いたのが, ボーイ・ジョージの音を伸ばしたときの一瞬裏声になる節回し。 とても演歌的で西洋人の仕業とは思えません。  (演歌は好きでないのですが)


最後に歌詞ですが, こちらもデジタル的。 どのフレーズをどこに持って行くということのない詞です。 つまりフレーズをコピー&ペーストしてくっつけたような, ストーリー性とかがない, こう言っては身もフタもないですが, 意味のない歌詞です。 
Do you really want to hurt me?
Do you really want to make me cry?
というループがあれば他は韻を踏んでいれば特にどうでもいい, という感じです。
要は歌詞ではなくメロディや歌っているボーイ・ジョージ自身に価値があるというわけです。