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65    The Night The Light Went Out In Georgia  (Vicki Lawrence)
ジョージアの灯は消えて  (ビッキ・ローレンス)
1973
  原詞・訳詞
長い物語歌は世界各国の伝統的な民謡にありますが, そのような歌は現代でも欧米のヒット曲にたびたび登場してヒットしました。 ビリー・ジョーの歌が60年代の代表だとするとこの『ジョージアの灯は消えて』は70年代の代表といって良いでしょう。
この歌もビリー・ジョーの歌と同じようにその内容からセンセーショナルなヒットとなり, いきなりビルボートのナンバー・ワンにランキングされるという, ゴルフのホールインワン以上のマネをしてしまいました。  


ビッキー・ローレンス自身のホームページによると, 彼女はチアリーダをしていた学生時代から『もっとも成功しそうな人』を選ぶ投票で学友達から1位に選ばれたそうです。 (生まれながらの勝ち組ってわけですか)


65年から67年にかけてヤング・アメリカンズという日本で言えば若い根っこの会(なつかしい名前ですね。でもこの名前を知っているとするとヤバイ年っすね)みたいなので歌を歌っていて,そのドキュメンタリーがアカデミー賞のベスト・ドキュメンタリーに選ばれたのだそうです。 (別に彼女が受賞したわけではないのに, 彼女のホームページには誇らしげに記載されてます。)


高校時代に彼女がキャロル・バ-ネットというタレントに似ているという記事を地元新聞が載せて(よほどネタがなかったのでしょう), それをキャロル本人へ手紙に同封して, 自分も出る地元の消防署が主催する『ミス火の玉コンテスト(「金」でなくてよかった)』に招待したら(臆面もなく), 番組の子役を探していたキャロルがビッキーにコンタクトして来てTVデビューをしたそうな。


同じ年に演劇を勉強するためにUCLAに入学し(アメリカの大学って入学するのは簡単ですよね)またキャロル・バネットと仕事を続けエミー賞を受賞したこともがあるとか(これも彼女が受賞したわけではないでしょうに)。
そして。。。まあ,こういう具合の女性のようです。 詳しくは彼女の自伝『ビッキー! ミス火の玉の真実の冒険の人生』っつうのを読みなさいだとさ。


なおこの『ジョージアの灯は消えて』(作ったのは彼女の旦那)は当初, シェールが歌うことになっていたが詞の内容から南部での受けが悪くなるのを恐れ, 辞退したというのは有名な話。 シェールはシェールでこの時期, ネイティブ・アメリカンやジプシーを題材にした歌を歌ってましたが, さすがにこの歌を歌うのはビビッたようです。