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| 45 | Leaving on A Jet Plane (PPM) 悲しみのジェット・プレーン (ピータ・ポール・アンド・メアリ PPM ) |
1969 |
| <--webで拾ったためイマイチです。 原詞・訳詞 | ||
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| 作者は『ロッキー・マウンテン・ハイ』や『カントリー・ロード』で有名なジョン・デンバー。 彼のバージョンを聞くとこのジェット機はロッキー山脈を超えてアメリカ西海岸から東海岸へでも行くのだろうなあ, という感じがします。 (ジョン・デンバーは1997年10月13日自分で操縦していた軽飛行機がカリフォルニア州モンテレー湾に墜落,遭難死しています。 享年53歳。 彼の音楽界へのデビューが飛行機がテーマだったのを考えると彼の事故死は劇的です。) 一方, PPMの歌を聞くとこのジェット機はベトナムへ兵士を運ぶ輸送機みたいな感じがしてします。 ただのラブ・ソングが, ベトナム戦争真っ盛りの1969年に, あのPPMが出した曲ということで, 当時の人々はこれは反戦歌と思いこんでしまったのです。 ちなみに,1990年代になってカナダのシャンタール・クレズヴィアジックという女性歌手もこの歌を歌っているのですが, これはもう, PPMともジョン・デンバーとも全然違う。 歌というのは歌う人の個性でこうも変わるのだろうかという例として聞き比べをして見るとおもしろいかもしれません。 ピーター・ポール&メアリーについて調べようと彼らのオフィシャル・サイト http://www.peterpaulandmary.com/ に行ってみました。 地味な色合いのトップページから History のコーナーに行ってみると, 老眼鏡なしではとても読めない細かい字がびっしり。 最初の部分は高校の教科書(New Cosmos)でも取り上げられている黒人の公民権運動のシンボルである 1963年の March on Washington の記述。 ふつうミュージシャンの bio は子供時代はどうだらこうだらで始まるのに。 さすが社会派 PPM です。 ついでですが, 上記の教科書ではピート・シガーの We Shall Overcome の由来が書かれています。 最後の方には人種差別をしたレストランで座りこみをしたため留置所送りとなった黒人学生たちに We Shall Overcome を歌って励ました白人フォーク歌手に対して, 「いい歌しってんじゃん。 でもビートが違うよ」と言って『モータウン・ビート』で黒人学生たちが歌った, なんていう記述があります。 しかしまあたくさん書いてあるサイトです。 とても短時間で読みきれない。 PPM について何か調べて書こうとしたけど, あえなく断念。 (彼らについては専門サイトがあるはずですから, そこへ行って下さいね。) 最後にせっかくオフィシャル・サイトに来たついでに Music に飛んでさらに Jukebox に行ってみましょう。 Featuring selection in Japan という日本語で歌っているバージョンばかり集めています。 ああ, こそばゆい。 しかし,なんで日本語のをわざわざセレクションしたのでしょう。 日本語で歌う方が知的に聞こえるからなんて理由だったりして?! |
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