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| 159 | Streets of London (Ralph McTell) ストリーツ・オブ・ロンドン (ラルフ・マクテル) |
1968 1974 |
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| 個人的な話を飛ばす場合はここをクリック 今は昔の1970年代, 私のうちのすぐ北隣に一軒家が建っていて, そこから昼となく夜となくピアノが聞こえました。 それがジョージ・ウィンストンに代表されるウィンダム・ヒル・レーベルの静かな環境音楽系であればよかったのですが, 毎回毎回聞こえてくるはこの世に恨みがあるとしか思えない目いっぱい鍵盤をたたいて演奏するショパンのエチュードOp10-12『革命』。 その家の前を通り過ぎる見知らぬ通行人でさえ「うるせえなあ」とこれまた大きな声で独り言を発するほどそれはそれはたいした音量だったのです。 そして西側のはす向かいに, マルにヤの字の付くお方が経営なさっておられるスナックがあり, 夕方から午前3時すぎまで町内じゅうに聞こえるカラオケ大会が連日繰り広げられていました。 ここで毎晩聞かされたのが『星降る町角(街角なんて洒落た表記には絶対にしないぞ!)』。 ママと客のデュエットのあと歌謡曲の歌手がよくするようにエンディングの演奏が終わらないうちに「どうもありがとうございました」と言っては拍手がマイクを通して店の外に出てくるという具合で, それでなくても嫌いだった歌謡曲への嫌悪感は増すばかりでした。 それだけではありません。 南側の駐車場を越えた先にあるアパートの一室からは中学生か高校生と思われるガキが反抗期に見合った曲のレコードを窓を全開にしてかけてくる― ようするに1970年代, 私は「騒音おばさん」3人分の騒音公害3Dサラウンド状態の中にいたのです。 翻って私はというと声とおならとゲップと手拍子と足踏み以外に音を発することができるものはアコースティック・ギターしかありませんでした。 それをストロークでガチャガチャやって大声張り上げて歌っていれば彼らに抵抗できたのかもしれません。 が, 育ちのよさが災いし控えめでおとなしく内気な私は, 自分から音を発するのを極力避けてる性分だったのでストロークなんてとんでもない。 私が選んだのはアルペジオでギターを静かに奏でることでした。 『ガッツ』や『ヤングギター』にある楽譜を睨んで運指の練習をし Early Morning Rain などを弾いていたのです。 抱きながら寝てさえいたギターもやがて部屋の隅に追われ, 埃にまみれてタンスで寝り, 最後はどこにどうしたのか記憶さえ残らず私の視界から完全に消えました。 でもラルフ・マクテルの『ストリーツ・オブ・ロンドン』を聞くと, もう一度アルペジオの練習をしたいという気にさせられます。 指を動かすのはボケ防止に良いと言われていますし。。。 ということでもう一度若いころに戻ってギターで弾いてみたい『ストリーツ・オブ・ロンドン』。 楽譜があるか検索するとありました musicroom.com というところに(ここをクリック) 楽譜自体は573円(2007年1月1日現在)と非常に安いのです。 しかしイギリスからの送料の方が高く航空便で970円, DHLだと3,260円もします。 上記のサイトにある商品のイメージの下の Sample Image をクリックすると楽譜の一部が見えます。 C-major なので「楽譜音痴」の私はほっとしたもののスラーがいっぱいあってややこしそう。 できるだろうかと不安ながら物は試しで購入手続きをしてしまいました。 でも肝心のギターの方は? 数年前生徒からもらった「粗大ゴミで捨てあったやつ」とかいうのを使うことにしましょう。 【ストリーツ・オブ・ロンドンについて】 1968年末にイギリスのフォーク系レーベル, トランスアトランティックからリリースした2枚目のアルバム Spiral Staircase に収録したのが初録音。 そして1974年にシングルで再リリースされ全英で第2位になるヒットとなり, その年のイギリスの優れた曲を作った作者に与えられるアイヴァ・ノヴェロ賞を受賞しました。 歌詞の内容から路上パフォーマが好んで演ずる曲であり, またメアリ・ホプキンをはじめ多くの歌手によって録音されているようで中にはパンク・バージョン(未確認ながらセックス・ピストルズ)もあるようです。 ところでタイトルにロンドンがあっても実際はラルフ・マクテルがヨーロッパ大陸を放浪して路上パフォーマンスをしていたころの経験(特にパリでの経験)を歌ったそうです。 そう言えば歌詞にある market という言葉がいかにもパリ風ですし, オールナイトのカフェ(café)がアルコールを出すアメリカのカフェ(例:ビリー・ジョエルのピアノマンの舞台)ではなく純粋に喫茶店のカフェであることが納得できます。 もっともパリなら coffe cup であるところを歌詞ではロンドンらしく tea-cup になっています。 さて歌詞を読んでみると, 舞台がロンドンにしろパリにしろ1960年代末に作られたこの歌で歌われている光景が, 1世代経った今の日本の都市でふつうに見られることに気づきます。 やがて日本にこれほど多くの路上生活者が溢れ, 来るべき高齢化社会の姿が実際にどうなるのか, この歌が流れていた30年前に想像したでしょうか。 あのころは自分自身が若かったこともあって歌詞は素通りして聞いていたけれど今改めて読むと頭に残って消えません。 1世代前のヨーロッパに追いついてしまった日本そして私。 しみじみしさせられます。 【ラルフ・マクテルについて】 1944年12月3日ロンドン生まれ。 本名は Ralph May 。 3歳のときに父親が蒸発, 母親が彼と弟を養う決して裕福とはいえない家庭で育ちます。 少年時代1950年代後半にイギリスで流行したスキッフルというイギリス版のロカビリに夢中になりバンドを結成します。(スキッフルの例: YouTube より Sonny Stewart and his Skiffle Kings Tommy Steele John Hardy) 工芸短大在学中にロバート・ジョンソンなどのアメリカのブルース・ギタリストやR&Bに傾倒しブルース・ギターを本格的に練習をします。 芸名の McTell は, ロバート・ジョンソンとともにアメリカの1920年代終わりのブルーズ・ギター・ブームの担い手であった盲目のブルース・ギタリスト Blind Willie McTell から名付けられました。 ヒッピーが社会現象であった1960年代後半, マクテルもバイトをしながらイギリスやヨーロッパ各地を回り路上パフォーマとなります。 のちに妻となるナナと知り合ったのもこのときでした。 1967年トランスアトランティック・レコードと契約, 翌年デビュー・アルバム Eight Frames A Second を発表。 1970年にはロイヤル・フェスティバル・ホールでコンサートを開きまたワイト島音楽フェスティバル(『ワイト・イズ・ワイト』参照)に出演するなど確実にその名を広め始めます。 そして1974年の『ストリーツ・オブ・ロンドン』のヒットでイギリス以外の国々でもその名が知られるようになりました。 マクテルの詞には彼の子供時代を含めたいろいろな人生経験が反映されており, また著作も3冊出しており, チャーリー・パーカの名言 Music is your own experience, your thoughts, your wisdom. (音楽はあなた自身の経験であり, 思考であり, 知恵である)というのを地で行くアーチストの一人です。 コマーシャリズムに乗った派手な面はありませんが, 現在も根強いファンに支えられてコンサート活動をしています。 |
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