eigo21トップページへ  休憩室へ



本館もくじへ  別館もくじへ  新館もくじへ


155     The Candy Man   (Sammy Davis Jr.)
   陽気なキャンディ・マン (サミー・ディヴィス・ジュニア)

1971
     原詞・訳詞
60年代70年代の歌が懐メロである世代にとって, 子供だったころのあこがれのブランドは不二家でなかったでしょうか。


江木俊夫さんと小橋玲子さんが不二家のチョコレート工場に行き, (私の記憶では)ベルトコンベヤで流れ出てくるチョコレートに両手を広げ目をパチクリさせたあと, チョコレートの一つにためらいもなく手を伸ばし掴んで口の中に放りこむというテレビCMがありました。 当時, 私はテレビに映し出される世界はすべてリアルタイムで起きているものと思っていたので, このCMが出るたびに2人は毎日不二家のチョコレート工場に行ってチョコレートを食べていると信じ, なんてうらやましい子だと羨望と嫉妬の目で見ておりました。


不二家のバースデーケーキもミルキーの千歳飴も食べられるのは生涯に数回しかありません。 だから期待していたのにふつうのバースデーケーキや千歳飴を買うような親だったので, めったに不二家のチョコレートは口にできません。 何かの機会にルック・チョコレートが手に入ると, それを持って台所に行き, 包丁でその一粒を切るのが私の慣わしでした。 チョコの中からイチゴジャムやバナナクリームがとろりと出て来るCMを再現するためでしたが, 割れたチョコとイチゴジャムがぐちゃぐちゃに交じり合いまな板にへばりつき, どうしてもCMのようにとろりとジャムが出てきません。 これも大人の作ったウソの世界だったのに, そうとは夢にも思わない, いたいけな少年。。。 


数年前, 近所の不二家の洋菓子店に2人組の男が押し入って店員を脅して現金を奪った事件がありました。 その犯人が捕まったときの新聞記事にあった彼らの年齢を見て, 一生一度の大事をよりによって不二家の洋菓子店で遂行した理由を私なりに勝手に考えて, ちょっと憐れに感じました。


           


【陽気なキャンディ・マンについて】


サミー・デイヴィス・ジュニアの『陽気なキャンディ・マン(The Candy Man)』は1971年6月に3週間ビルボードでNo1 になったヒット曲です。 しかし, 本来はサミー・デイヴィス・ジュニアの持ち歌ではなく, ロアルド・ダールの児童書『チャーリとチョコレート工場(Charlie And the Chocolate Factory)』を1971年に映画化した Willy Wonka & The Chocolate Factory (ジーン・ワイルダ主演)で, 菓子屋の店主ビル(オードレイ・ウッズ)が歌う挿入歌でした。 
この映画は2005年に『チャーリとチョコレート工場』としてリメイクされ上演されヒットしたことはご存知のとおりです。 


サミー・デイヴィス・ジュニアは Willy Wonka & The Chocolate Factory に興味を持ち本人も出演したかったようですが実現せず, その代わりこの歌を自分のショウに取り入れ, 結果としてはオードレイ・ウッズのオリジナルよりもこちらのカバーの方が有名になり, 1971年のグラミー賞の最優秀男性ポップボーカルにノミネートされました。 


なお作者は多くのミュージカルやサントラ盤を手がけているレスリー・ブリカスとアンソニー・ニューレイ。 彼らの作品の中で一番知られているのは007シリーズの一つシャーリー・バッシーが歌った『ゴールドフィンガ』(30秒視聴)でしょう。


           


【歌詞について】


『悲しき○○』という邦題はあまたあれど『陽気な』と冠した曲は他にあるでしょうか。 『キャンディ・マン』だけでも良いものをわざわざ『陽気なキャンディ・マン』としたのは, この歌の雰囲気を伝えたいレコード会社の思惑でしょう。 しかし, 日本では概してこのような陽気な歌は今一つ受け入れられない悲しき現実があります。 洋楽懐メロでいうと『幸せの黄色いリボン』『ビューティフル・サンデー』あたりが数少ないヒットした陽気な曲でしょうか。 ちょうどコメディ映画が不振なのと似ています。 


歌詞は学校の英語の授業で使っても何ら問題のない健全そのもの。 解釈に困る部分もありません。 それでもいくつか気づいたことを記しておきます。


(1)イントロのキャンディ・マンの口上の部分で Chocolate malted candy と Gum drops が出てきます。 malt は麦芽で「ミロ」のような麦芽飲料は malted milk と呼ばれていてクッキーなどの菓子を作る材料にも使われるようです。  Chocolate malted candy というと Whoppers というハーシーズが作っているチョコ・ボールがそれに近いように思えるので, 訳詞ではチョコ・ボールとしました。


(2) Gum drops は1910フルーツガムカンパニーのヒット曲 Goody Goody Gum Drops (30秒視聴) にも出て来ますが, ゼラチンで出来ているカラフルなキャンディのことで日本で言う『グミ』のようなものと思われます(イメージ検索)。 そこで訳ではグミ・キャンディとしました。


(3) キャンディ・マンの作る菓子に groovy lemon pie があるようです。 この groovy は1960年代終わりから70年代始めのヒッピー文化全盛期に使われた流行語です。 昔の日本語で言えば「いかす」。 というので訳では「いかしたレモン・パイ」としてみました。


(4) 歌の最後は A Candy Man を繰り返してフェードアウトします。 それまでは The Candy man だったのをわざわざ A Candy Man に変えています。 これは何か意味があるのでしょうか。


人名に不定冠詞の a をつけると有名人なら(1)「○○みたいな人」(例: An Edison エジソンみたいな発明家)とか(2)「○○の作品」(例: A Picasso ピカソの作品), 有名でない人に a がつくと(3)「○○とか言う人」(例: A Mr. Yamada called you.  山田さんとか言う人から電話がありました) を意味すると言われています。 ここでは(1) の意味にしてみました。 


           


【サミー・デイヴィス・ジュニアについて】


サミー・デイヴィス・ジュニアは, ボードヴィリアンの夫婦のもとに1929年12月8日ニュー・ヨークのハーレム生まれました。 3歳のときに両親が離婚し, 父親に引き取られておじと3人でショウをして生計をたてていました。 


Wikipedia を開けると60年代の公民権運動の1つワシントン市への大行進(1963年)に参加したサミー・デイヴィス・ジュニアの写真が出てきます。 第2次世界大戦中に兵役に行き人種差別を受け, 1960年にスウェーデン生まれの白人女優 May Britt と結婚して(*)物議を醸したことも彼をこのような社会運動に駆り立てた理由でしょう。  また1954年に大きな交通事故に巻きこまれ左目を喪失, このときに友人の勧めでユダヤ教に改宗したのも, ユダヤ人が黒人と同様に差別を受けていてユダヤ文化への共感があったからのようです。
(*)1967年まで31の州で異人種間の結婚が禁じられていました。 ただ2人の夫婦生活は長く続かず1968年に離婚。 サミー・デイヴィス・ジュニアは1970年にアルトヴィス・ゴア というダンサーと再婚しています。


サミー・デイヴィス・ジュニアは多くの映画・ミュージカル・テレビドラマに出演し, また多くの曲を歌いました。 出演した映画・ミュージカルは上記の Wikipedia に載っています。 またディスコグラフィは http://members.ozemail.com.au/~lindenbrae/sdj/main.html
に詳しく載っています。


一時はコカインとアルコール中毒になりますが, これを克服, 1989年にはフランク・シナトラやディーン・マーチンらとコンサート・ツアをします。 しかしこのツアの間に咽頭ガンに罹っていることが判明。 1990年5月16日逝去。 享年64歳でした。  


死後, 所得税750万ドルが滞納していたため所有していた物の多くはオークションにかけられましたが1999年に決済し, 現在は未亡人のアルトヴィス・ゴアがサミー・デイヴィス・ジュニア・アソシエーションを作り遺産管理と彼の業績を後世に伝える活動をしています。