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| 149 | Wichita Lineman (Glen Campbell) ウイチタ・ラインマン (グレン・キャンベル) |
1969 |
| 第1人称の「私」を主人公にする歌詞はゴマンとありますが, 同じ「私」でも, この『ウイチタ・ラインマン』のように, ある人物になりきるタイプの「私」は作詞の世界では「ペルソナ(仮面)の私」と分類されるようです。 「ペルソナの私」は一般的な人物ではないことが多いので―― この『ウイチタ・ラインマン』も電話の架線作業員という特殊な職業―― 流行歌の場合,一般の人が共感できる要素を入れるという大原則があのだそうです。 確かに『ウイチタ・ラインマン』が電話の架線作業員の苦労話やら内輪話で終わったら,2度とは聞きたくない曲になるのは想像がつきます。 電話の架線作業という地味ながら危険と責任を負う仕事をする男の姿だけではなく, 彼女のことを想っている姿を織り込んでいるからこそ, 人々にアッピールしヒットしたと言えます。 ところでアメリカ人の作る映画は, パニックとかホラーとかアクションとか特殊な状況がテーマになっても必ず恋愛話が絡んできますよね。 これからドデカイことが始まるぞーというシーンになるのに, 突然BGMがムーディーになってヒーローとその彼女が「クンクン」言いながらブチっと唇合わせてラブ・シーンを始める。 そんなことやっているヒマなどありゃしないのに。 あれもある意味で「ペルソナの私」の原則による処理の仕方なのだと思うんです。 聞いているだけで状況が思い浮かび歌の中の人物の気持ちが伝わって来るのが優れた曲だと信じているのですが, その意味では『ウイチタ・ラインマン』は歌詞も曲もアレンジも良くできている作品で個人的に気に入っていました。 1960年代70年代を代表するソング・ライター, ジム・ウエッブの作品。 そしてアレンジはジャズ・アレンジャーでもあるフランク・マントゥース。 伸びやかなアレンジから浮かぶ風景は360度広がる青い空と広いアメリカの平原, そしてその中を地平線の向こうまで走る道路と架線。 随所に聞こえる高音のストリングスは, 青い空と架線に吹く風を思わせますし,グレン・キャンベルの爪弾く素朴なギターは, のんびりおおらかとして緑一杯の田舎の風景を思わせます。 気持ちが縮んだとき, この曲を聞くと幾分かでも救われ気がします。 なおウイチタ市とするとカンザス州最大の都市になりますが,ウイチタ郡とするとカンザス州だけでなくテキサス州にもありどちらのご当地ソングであるかはわからなくなります。 |
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