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| 147 | Build Me Up Buttercup (The Foundations) 恋の乾草 (ファウンデーションズ) 付: Baby, Now That I've Found You 星のベイビー |
1969 1967 |
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| 恋の乾草 星のベイビー |
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| 【恋の乾草という邦題について】 Buid の b と buttercup の b , そして up と buttercup で韻を踏み, まるで英語の童謡集『マザー・グース』にありそうな原題を『恋の乾草』としたこの感覚。 なんでも『恋の』を付ければいいということでもないのに, と思わせる邦題です。 この調子ならば『恋のうにせん』とか『恋の二等辺三角形』とか『恋のポリプロピレン』とか何て歌があってもいいでしょう。 『恋の乾草』という邦題の由来は原題にある buttercup です。
この歌が流行ったとき, 『恋の乾草』というタイトルから私が想像したのは, 日干しの匂いがする乾草の上でいちゃつく少年と少女の姿でした。 しかし詞を見るとこの歌は「乾草」と全く接点がありません。 Never My Loveを『かなわぬ恋』 Sultans Of Swing を『悲しきサルタン』としてしまったと同じ詞の中身ではなく原題のイメージから(意図的に?)誤訳して生まれた邦題と言えます。 【この歌での Buttercup の意味】 Buttercup はキンボウゲという雑草の名前ではなく女の子のあだ名と見るのが適当だと思います。 build up が「元気づける」という意味の熟語なのでタイトルは「ボクを元気づけて バターカップちゃん」という感じになります。 (私は「ヤッターという気にさせて バターカップちゃん」として「ター」の字が同じくなるようにしてみました。) 「命令文+植物名の女の子の名前」で思い出すのは『恋の乾草』と同じく1969年に流行ったフライング・マシーンの Smile A Little Smile For Me 邦題『笑ってローズマリーちゃん』。 こちらはタイトルに植物名の女の子の名前はありませんが, 歌詞には登場します。 実はこの2曲ともトニー・マコーレイの作品。 これは偶然なのかそれとも意図的なのでしょうか。 ところで Buttercup というあだ名の由来は何なのでしょう。 ふと私が思ったのはこの Buttercup は「B・カップ」の女の子ということではないかということです。 ずっと BカップとかFカップとかいう表現は和製英語かと信じたけれど F-cup でイメージ検索すると中国のサイトやらイギリスのサイトやら出て来るようにりっぱなインターナショナル・イングリッシュだったのです。 とすると Buttercup を「B・カップ」の女の子と示唆していると捉えてもあながち間違いと言いきれないのではないでしょうか。 しかもグループ名は「ファウンデーションズ」! ああ,これは決定的だ! (ついでながら彼らが所属していたのはパイ・レコードです。。。) うーむ,この鋭い私の推理の部分だけでも世界発信させねば。 英語で書けばここだけでもヒットして世界中からアクセスがあるかもしれない。 そして私の名前は Nakata や Nomo や Matsui に並ぶ世界に知られた Hide になるかもしれない! カタコトカタコト, タイプして。。
【ファウンデーションズについて】 ファウンデーションズのメンバーの出身地を見ると, Clem Curtis がトリニダード・トバゴ, Mike Elliot と Pat Burke がジャマイカ, Eric Allan Dale がドミニカ, Tony Gomez がスリランカ, Alan Warner と Peter Macbeth と Tim Harris がロンドン― という具合にイギリス並びにその元植民地の国々であることからわかる通り, イギリスの「多国籍バンド」です。 ![]() ボーカル担当の Clem Curtis は15歳のときに南米ベネズエラの沖に浮かぶ小さな島国トリニダード・トバゴ(5平方キロ,人口約100万)からロンドンに渡りボクサー業などを経験します。 しかしその成績は惨憺たるものでした。 格闘技の才能はなかったものの音楽の才能は開き, ロンドンの中心部ベイズウォータ地区に住む仲間とバンドを作りカフェ・バーで活動するうちに, パイ・レコードと契約を結ぶチャンスを得ます。 ペトゥラ・クラーク, サンデー・ショウ, キンクスなどを有したパイ・レコードには当時トニー・マコーレイ(Tony Macaulay)が多くの曲を提供していました。 ファウンデーションズもその恩恵を受け, 1967年にマコーレイとジョン・マクリード(John McLeaod)が書いた『星のベイビー』 (Baby, Now That I've Found You)が全英No1になります。 そして『星のベイビー』以上にヒットしたのがマコーレイとマンフレッド・マンズの元ボーカルのマイク・ダボ(Mike d'Avo)が書いたこの『恋の乾草』です。 エジソン・ライトハウスの『恋のほのお』やフライング・マシーンの『笑ってローズマリーちゃん』もトニー・マコーレイのペンによるものですが, 『恋の乾草』はこれらに似て幼く他愛のないメロディと歌詞を持つバブル・ガム・ミュージックのイギリス盤です。 しかしファウンデーションズは翌年1970年には解散。 Clem はアメリカに渡りサミー・デイビス・ジュニアやサム&デイブらと共演し, 現在もイギリスとアメリカの間を往復してコンサートをしているようです。
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