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| 142 | Knock Three Times (Tony Orlando & Dawn) ノックは3回 (トニー・オーランド&ドーン) |
1971 |
| 原詞・訳詞(読む訳詞タイプ) 原詞・訳詞(歌う訳詞タイプ) | ||
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| 今回は自分で訳詞をして歌を楽しんでいるという方からのリクエストです。 その方の名前が芸能人風だったので試しに検索したら1965年10月に東芝日曜劇場に出演していることが判明。 当時20歳くらいだったら今は60歳になっている。 えらい芸歴の長い方と思ったら当時2歳の赤ちゃんだったとか。 私の方が年取ってました。 さて訳詞は歌詞カードのように読むタイプと実際に歌うタイプがあります。 このコンテンツはもっぱら読むタイプの訳詞ですが, 今回は歌えるタイプの訳詞も載せてみました。 単音節言語の英語の詞を原詞に忠実に多音節言語の日本語に訳し, 且つメロディにあわせるというのは至難の技です。 意味を端折らなくてはいけない部分や字余りになる部分がどうしても出てきましたが, どうでしょうか。 パソコンの前で歌ってみてください。 今回の主人公, トニー・オーランドの本名はマイケル・アンソニー・オーランド・カサヴィティス。 1944年4月3日毛皮商のギリシャ人を父に, ニューヨークのスラムで生まれました。 幼少の頃から街頭で歌を歌って家計を助けていたトニー・オーランドは13歳でドン・カーシュナーの音楽出版社に雇われデモ歌手になります。 当時無名のゲリー・ゴフィン/キャロル・キング夫妻の作品でシレルズのヒット曲となる Will You Love Me Tomorrow も彼がデモ歌手時代に歌った歌で後にアルバムの中に収めています。(30秒試聴) 1961年17歳で自身もゴフィン/キング夫妻のペンによる Halfway To Paradise (30秒試聴) でレコード・デビューし, そこそこのヒットとなります。 さらに同じ年に出した Bless You (30秒試聴) はこれを上回るヒットとなります。 再びトニー・オーランドの声がヒット・チャートに現れたのはそれから10年近く経った1969年のこと。 しかしトニー・オーランドではなくスタジオ・ミュージシャンが集まって作った Wind というバンドのボーカリストとしてでした。 60年代はバブル・ガム・サウンドの多くがそうであったようにスタジオ・ミュージシャンだけでレコードを作りそれがヒットするというのも珍しくありませんでした。 Wind も Make Believe という曲が最高28位まで上がりました。 1970年, CBSレコードの音楽出版社エイプリル・ブラックウッドのエゼクティブになった彼に再び覆面歌手の依頼が来ます。 プロモーション・ディレクタの元トーケンズのジェイ・シーガルの娘, ステイシー・ドーン・シーゲルの名前からつけた Dawn の歌手として Candida (30秒試聴)を吹きこみ最高3位になるヒットとなります。 すると全米にドーンと名乗るバンドが現れ始めます。 ここでトニー・オーランドは音楽出版社のエゼクティブの職を捨て, 急遽バックコーラスとしてテルマ・ホプキンスとジョイス・ビンセントを選び, トニー・オーランド&ドーンとして再デビューします。 そして1971年アルバム Candida から『ノックは3回』をシングル・リリースしたところ今度は第1位にランクされる大ヒットとなります。 『ノックは3回』には女性コーラスが入っていますが, これがテルマ・ホプキンスとジョイス・ビンセントであるかということについて見解がわかれるようです。 一番いいのは関係者が正解を言えばいいのでしょうが, こういうのは謎のままにしておいた方がいつまでも話題になってセールス上有利なのか, 未だにはっきりした答えは出ていません。 さらに1973年には『幸せの黄色いリボン』が大ヒット。 恋人に「今でも愛しているなら家の外に黄色いリボンを飾っておいてほしい」と頼んだ服役囚の実話を, その元服役囚を乗せたバスの運転手が話したことから全米に広がりました。, それを Irwin Levine と L. Russell Brown が歌にしたものです。 日本で言うと『一杯のかけそば』で代表される集団で感動をわかちあうちょっといい話の類です。 この昔付き合っていた恋人が今でも愛しているかを確かめるための「黄色いリボン」はやがてベトナム帰還兵とその恋人というシチュエーションに変り, 結果的にトニー・オーランドをアメリカの国民的歌手にするきっかけになりました。 彼は90年代初めにミズーリ州のブランソンに移り住み, トニー・オーランド・リボン・ミュージック・シアターを建設。 ここで定期的にショウを行っていますが, それを支えているのがベトナム戦争を経験したベテランたちです。 トニー・オーランドがアメリカの国民的な歌手と書きましたが, もちろんトニー・オーランドの音楽や彼自身が嫌いなアメリカ人も少なくありません。 トニー・オーランドというと金儲けになる(lucrative) という形容詞がついて回るようですし(Tony Orlando と検索すると「チケット売ります」の類のサイトがかなり出てきます。 これは他の歌手にはないことです。), その「大衆的過ぎる」音楽性は, 決して聞きやすいとは思えない声と増幅して, 嫌いな人は本当に嫌いな芸能人となっているようです。 あなたはどうでしょうか? |
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