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135   Beth  (KISS) 
 ベス (KISS)          
1976
   ←臨時処置  原詞・訳詞  
昔の姿を知っているアーチストのオフィシャル・サイトを訪れ, 現在の姿を垣間見ると二つのどちらかの衝撃を受ます。 すなわち「え, これが。。。」か「うわあ, 昔と同じだ。」のどちらか。


KISS の場合(http://www.kissonline.com/index.php)は, みごとに後者です。
ぶ厚い化粧に隠れてシワも何もわかりません。
でもなんか違う。 特にネコヒゲの男が妙に幼い。 
ここにはピータ・クリスやエース・アシュレーはいません。 中心になっているのは昔からのジーン・シモンズとポール・スタンレーです。


オフィシャル・サイトはコンテンツが多く絶えず更新していて力の入れ方が並ではないのですが, ページによってメニューが変ってしまうなどナビゲーションが難しいのが難点。
しかし, この中で圧巻なのは FAQ のページです。
メニューから NEWS →FAQ と行くとディスコグラフィやメンバーのバイオ, さらに60年代半ばのKISS 以前の時代のデモ・テープなどを含むオーディオ資料が閲覧できます。
(面倒くさい方は下のアドレスをコピペすれば FAQ のページに行きます。) http://www.kissonline.com/faq/index.html


         


オフィシャル・サイトには彼らのバイオがあります。  
書いた人の熱意と努力に敬服しつつ, 段落わけをして読みやすくしてもらえたら私の老眼にも都合がよかったのに, とグチも添え, この膨大なバイオの一部から彼らのKISSに到達するまでと, その後の歴史を手短にまとめることにしましょう。


ジーン・シモンズ(The Demon)は1949年8月25日イスラエルのハイファ生まれ。 両親ともユダヤ人でハンガリーのユダヤ人強制キャンプで知り合い, 戦後建国されたばかりのイスラエルに移り, そこでジーンを生みますが, 1954年に離婚し母親と祖母の元で育ちます。 1958年に母親と祖母とともにニューヨークのブルックリンに移住。 ジーンは幼いころはヘブライ語とスペイン語とトルコ語とハンガリー語がしゃべれたが, 英語はダメだったようでTVのディズニーを見て英語を学んだそうです。
ギターを習い始めたのは1967年で,  翌年からはバンドを作ったり参加したりを繰り返します。


彼のギタリストの募集の広告を見て応えたのが, ポール・スタンレー(Starman)。 1952年1月20日ブルックリン生まれ。 13才でギターを習い始めマンハッタンの芸術系高校を卒業したての18歳のこと。 このときのジーンの彼への印象はよくなく, 不採用になります。 別の機会に二人が会うことになりますがここでもお互いによい印象を持たずに別れます。 が1971年,二人は Rainbow というバンドでいっしょになります。
このバンドが解散したあとは二人は他のメンバーを入れてバンド活動を続けます。


ドラムのピーター・クリスは1947年12月20日ブクックリン生まれ。
ジャズ・ドラマ, ジーン・クルーパに傾倒しドラムの道へ。 
彼は1968年の『チェルシー』1970年の『リップス』など複数のバンドを作ったり参加したりし, またレコードも出しますがパッとしません。 
そして1972年4月12日, 彼はローリング・ストーンズ誌に「11年のドラム経験あり。 何でもするよ」という広告を出します。 そしてこれに応えたのがドラマーを探していたジーンとポールでした。


ピータ・クリスは独自にオフィシャル・サイトを持っています。 こちらは化粧をしていない「素」で登場します。
http://www.petercriss.net/




彼らのトリオに最後に加わったのが エース・アシュレイ。 1951年4月27日ブルックリン生まれ。 13歳の時からギターを習い始めますがPPMやサイモンとガーファンクルといったフォーク系がレパートリーだったようです。 14歳の誕生日に買ってもらったエレキ・ギターをきっかけにバンド活動を始めますが, ワルいことを重ねたバンドらしいです。
彼もポールのメンバー募集の広告から彼らと知り合います。 1973年1月のことです。 彼が2回目のオーディションで採用が決まった3日後の1973年1月20日, 彼は歴史的な仕事をします。 例の KISS のロゴを考案したのです。


こうして誕生した KISS は同じ年にはカサブランカ・レコードと契約。 
今までにないパフォーマンスで, やがて世界中に知られるバンドになります。 1975年にアルバム Alive! が爆発的に売れ 1976年には Detroit Rock City, Beth, Hard Luck Woman と立て続けにヒット。 KISS の絶頂期を迎えます。


1978年, 彼らはソロ・アルバムを出します。 このころピータはドラッグにも手を出しそれが起因する事故を起こします。 彼は翌年の Dynasty 1980年の Unmasked にほとんど参加せず, ついにはバンドから抜けます。 そして1982年にはエースが去ります。


しかしその後もジーンとポールはメンバーを補い KISS は活動を続け, 1996年には MTV Unplugged のためにオリジナルのメンバーが揃い, 再び世界ツアーを始めます。
しかし, 2001年に再び金銭問題でピーターが脱落, エースもソロ活動に戻ります。
こうして2回目の分裂が起きて, あのオフィシャル・サイトに見える姿になりました。



            


■ 『ベス』について
『ベス』は彼らが音楽を始めた幼いころの影響がビートルズなど当時のストリングスを使うメロディアスな曲であったことを伺わせる, Hard Luck Woman (私はずっとロッド・スチュワートの歌だと信じていた)とともに一般人でもついて行ける美しい曲で, 1976年ビルボードで7位まで上がりました。 


歌詞はロック・バンドの私小説みたいな感じがしておもしろいです。
一般人に置きかえると, 残業で家に帰れない会社員と奥さんの電話の会話というところでしょうか。


この歌についてもオフィシャル・サイトに誕生秘話が書かれています。
この元になった歌はピーター・クリスがいた Lips 時代の歌でピーターのバンド仲間であるスタン・ペンリッジによって書かれました。
さらにピーター・クリスが『チェルシー』と名乗っていた時にこの歌は『ベック(Beck)』 としてデモが作られます。
ベックは, チェルシーのギタリストであったマイク・ブランドの奥さんベッキー(Becky)のことで, 彼女が,バンドがリハーサルをしているとしきりに電話をかけてきてはグチを言い, それに対してマイクが応答した, その言葉がヒントになって歌詞がつけられたそうです。


上記の資料の中にこの『ベック(Beck)』のデモがあり興味深いです。 それにしてもこういう資料を閲覧させてくれる KISS はエライ!
http://www.kissfaq.com/multimedia/audio/peter/beck.mp3


元歌の『ベック』の歌詞です。 太文字が『ベス』異なるところです。
『ベス』よりも多少冷たい態度であるところも異なります。


Beck, I hear ya callin' ベック,君が呼び出しているね。
But I can't come home right now でもすぐに家に帰れないんだ。
Me and the boys been playin' 仲間と演(や)っているんだけど
But we just can't find that sound 音がきまらないんだ。


Won't you wait an hour  1時間待ってくれないか。
And I'll run right home to you そうしたら走って帰るから
I know you love complaining 君はグチを言うのが好きなのはわかるけど
But Beck, what can I do? ベック, 俺に何ができるって言うんだ。


Beck, I hear ya callin' ベック, 電話をかけてきているね。
And you say you feel so bad 気分が悪いって言ってるけど
I know you need my doctor 俺の医者を紹介しようか。
But I know you need me back いやわかってるよ 俺に戻ってきてほしいんだよね。