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133   Stand By Me  (Ben E. King)
 スタンド・バイ・ミー (ベン・E・キング)
1961
  原詞・訳詞  
『スタンド・バイ・ミー』当サイトの中で最も古い1961年の作品。 しかし4分の1世紀ほど経った1986年にスティーブン・キングの小説をロブ・ライナー監督によって映画化された同名の映画『スタンド・バイ・ミー』の主題曲となって再びヒット・チャート入りしたことは, 若い世代でも知っての通りです。


             


この歌を歌ったベン・E・キングは本名ベンジャミン・アール・ネルソン。  1938年ニューヨーク生まれ。 幼い時から教会の聖歌隊で歌っていたネルソン少年がティーンエイジャーだったころ, 世はドゥ・アップの時代でした。


ドゥ・アップは1950年代60年代に流行ったR&Bとロックンロールの音楽スタイルですが,http://www.history-of-rock.com/doowop.htm は次のような条件を挙げています。
  • ボーカル・グループのハーモニーであること
  • 第1テノール(ファルセット), 第2テノール, バリトン, バスなど幅広い男性音があること。 (ブリタニカのオンライン百科辞典によれば, 「テノールがメロディ部を歌い, トリオかカルテットのバックコーラスが付く」とあります。)
  • 意味のない音節があること。 (Doo Wop が代表でこれからこの音楽スタイルの名が生まれました。)
  • 単純なビートと軽い器楽編成であること。
  • 単純な楽曲と歌詞であること。

ドゥ・アップは, もともと40年代終わりの大人向けのジャズ・R&B の音楽スタイルが, 50年代初めに, 女の子の注意を引きたい北部の都市部のティーンエイジャの「街角パフォーマンス」に変って行ったもので, 当時はカッコイイ嗜みであったわけです。


ネルソン少年も高校時代に仲間とドゥ・アップのグループを作り, ニュー・ヨークのアポロ劇場のアマチュア・コンテストで優勝するなどの経験を積み一時はプロから誘いを受けますが年が若いと言うことで断念します。
しかし, 1958年20歳の時, 実家のレストランで「歌うウエイタ」のバイトをしているところを The Five Crowns というドゥ・アップ・グループのバリトンとしてスカウトされてプロの道へと進みました。


当時, 同じドゥ・アップ・グループでクライド・マックファッタをリードボーカルにするドリフターズ(The Drifters )がギグを重ねていて人気がありレコードも出していましたが, マックファッタがグループを抜けると, マネージャはメンバー全員を解雇,  The Five Crowns をそのままドリフターズとして雇いました。 そして新しいドリフターズのリード・バーカルをネルソンが担当することになったのです。 



             


1950年代の終わりから60年代前半にかけて, ロックンロールやR&Bが商業音楽として磨き上げられ, 世界のポピュラー音楽界の主流となって行く過程で, 新しいソングライターたちが活躍し出します。 
キャロル・キングやニール・ダイヤモンドなどのちに自ら歌手としてヒット曲を出しその名を知られるようになる者もいましたが, 表に出ずにこの時代の風を作って行ったソングライターもいました。


ともに1933年生まれのソングライター・コンビ, ジェリー・レイバ(Jerry Leiber)とマイク・ストーラ(Mike Stoller)もそんなソングライターの一人,いえ二人です。 
彼らはコースターズの『サーチン(あの娘探して)』エルビス・プレスリーの『ハウンド・ドッグ』や『監獄ロック』, サーチャーズの『ラブ・ポーション#9』, など数多くのヒット曲を生み出しています。
代表的な曲とその歌手は http://www.mcportsmouth.freeserve.co.uk/a/lest.htm にリストが載っています。


             


さてこのソングライター・コンビとドリフターズは1959年初めに出会います。 このときネルソンは自作の There Goes My Baby を彼らとの合作としてリリース, ラテンとドゥ・アップの合体という新しいジャンルを生みヒットします。


そして1960年, ネルソンをベン・E・キングとして改名したドリフターズは,ドック・ポムス(Doc Pomus)モルト・シューマン(Mort Shuman) の作品『ジス・マジック・モーメント(This Magic Moment)』と『ラスト・ダンスは私と(Save the Last Dance For Me)』のヒットを迎えます。 
しかしまもなくベン・E・キングは金の切れ目は縁の切れ目, 金銭上の理由でマネージャと衝突しドリフターズを脱退ソロ歌手に転向, 翌年1961年, この『スタンド・バイ・ミー』の大ヒットを生むことになります。


一方ドリフターズはその後もメンバーの入れ替えをし, 1964年には渚のボードウォーク(Under the Boardwalk) のヒットを出し, 初代結成以来半世紀を立った今も存在するご長寿グループとなっています。
しかし, この手のグループによくあるように複数のドリフターズが存在します。 したがって「オフィシャル・サイト」と称するサイトも以下のふたつあります。
http://www.thedrifters.fsworld.co.uk/index.html
http://www.originaldrifters.com/
ただ年代付きのディスコグラフィは
http://www.soulfulkindamusic.net/drifters.htm の方が詳しいです。



             


この『スタンド・バイ・ミー』はベン・E・キングとジェリー・レイバ, マイク・ストーラの合作による曲です。 歌詞のコンセプトは誰の発案なのかわかりませんが, ラブ・ソングというより友情を歌った歌で, 『君の友達』や『ホールド・オン』と通じるものがあり, 同名の映画の好奇心から怖いもの見たさの冒険に旅立つ少年たちのストーリーとこの歌の歌詞は見事にあっています。 (ただし歌詞中の Darling という言葉からこれは男女間の友情と見た方が適切ですが。)


タイトルにもある stand by 〜 は文字通りには「〜にそばに立つ」ですが, 人のそばに立つということからその人を「〜を支えてやる;支援する」といった意味に広がります。
この熟語から私は「人はね, 人という字から見てわかるとおり, 支えあって生きるものなんですよ」という言い古されて感動もしなくなってしまった言葉が浮かんでしまうのです。
この歌で大切なのは最後の連なのですが, そういう私の stand by のイメージで訳をつけて行って, 最後の1行を思いっきり意訳してみました。 (こんな訳をつけたら学校のテストでは×になりますから中高生はマネしないように。)