本館もくじへ 別館もくじへ 新館もくじへ |
|---|
| 130 | 【誰も知らない,聞きたがらない曲シリーズ】 The Israelites (Desmond Dekker & the Aces) イスラエルちゃん (デスモンド・デッカーとエイシズ) |
1969 |
| 原詞・訳詞 | ||
|---|---|---|
| 今でもグッチャグチャな中東情勢をさらにグッチョグチョにしようとしている, イスラエルってバカじゃないでしょうか。 バカの壁, じゃなかった分離壁を作っただけならまだしも, こう国際社会から非難されることを平気でやってもらっては, ユダヤ人はヒトラーの犠牲者になった可愛そうな民族なんていう同情は, もう持てません。 イスラエルがアラファトを暗殺するって言い出して, あのアメリカですら慌ているらしいけど, こうなったのも, ブッシュがハマス指導者の殺害や分離壁の存在やイスラエルのヨルダン西岸入植地の存続を容認するなどして, イスラエルを後押ししているからでしょう。 などと, 2004年4月下旬現在の国際情勢に軽く触れて, 話は『イスラエルちゃん』に移ります。 なんという落差。。 さて, この『イスラエルちゃん』, 「誰も知らない曲シリーズ」に入れはしたものの,実際は知っている人は知っている, スカ/レゲエが初めてヒット・パレードの上位(イギリス1位, アメリカ5位)になった記念すべき曲です。 もちろん歌っているデスモンド・デッカーはジャマイカ出身。 1942年7月16日首都キングストンで生まれました。 孤児であったためキングストンから離れた孤児院で暮らし, のちに再びキングストンに戻ると溶接工として働きます。 歌がうまかったため仲間から歌手になることを勧められオーディションを受けるもののどれも不合格。 しかし1963年やっとレコードを出す機会を得ます。 Honour Your Father And Mother という曲でアイランド・レーベルを通してイギリスでも発売されました。 やがて彼は自分のバンド The Aces を結成, 60年代後半のジャマイカで人気スターになります。 そしてその勢いはジャマイカの宗主国イギリスへ飛びます。 1966年には 007 をパロディにした曲でイギリスでもチャート入りしますが, 彼の名を世界に知らしめたのは1969年に出したこの自作の『イスラエルちゃん(The Israelites)』。 ジャーン, ここに『ミュージック・ライフ』の1969年8月号があります。 表紙は若かりし日のミック・ジャガー。 急死したブライアン・ジョーンズについての記事をはじめ, この号は全体にローリング・ストーンズだらけのようです。 クリックすると拡大します。そんな中にテムズ川河畔で記念写真風のポースを取る, デスモンド・デッカーのグラビアなんてのがあったりします。 ![]() そしてこの月の東芝音楽工業(当時)の広告には『ジョンとヨーコのバラード』に並び『イスラエルちゃん』がプッシュされております。 クリックすると拡大します。 ちなみにこの中ではマーシーの『ラブ・キャン・メイク・ユー・ハッピー』とスリー・ドッグ・ナイトの『ワン』は買いました。。最後は歌詞について。 『イスラエルちゃん』という衝撃的なタイトルからして, いったいどういう内容の歌だろうと興味をそそられますが, メロディと同様なかなかユニークな歌詞です。 ただ歌詞はジャマイカ英語混じりのうえ, 訛りがあるので, ネイティブでも人によって聞き取りが違うらしく, ウエッブ上の歌詞サイトにはいろいろな変形が存在します。 たびたび書いていますようにあちらの歌詞サイトの歌詞は, 誰かが聞き取った歌詞がどんどんコピペされて繁殖して行くため, 誤った歌詞が出まわることは珍しくありません。 この『イスラエルちゃん』もその一つです。 私のこの歌詞の場合, いろいろなサイトの歌詞を見比べ, また曲を聞き比べ, さらに自分の聞き取ったものを補足して, 正解に近い状態に仕上げたつもりです。 歌詞を見てわかるとおり, あのイスラエルとは関係はありません。 この The Israelites は旧約聖書のヤコブ(のちにイスラエルと改名)の子孫たちという意味で, イスラエルの国民という意味ではありません。 ではなぜイスラエルなのか。 やはり国のイスラエルのことは意識しているでしょう。 1967年に第3次中東戦争が始まり, イスラエルは東エルサレム、ゴラン高原、シナイ半島、ヨルダン川西岸・ガザ地区を占領して, アラブ諸国とイスラエルは交戦状態が続いていましたから。 しかしイスラエルへの非難とか反戦とか詞から感じられません。 それよりも, この歌は短い連で説明不足な物語を作って行く歌詞の作りが, どことなく旧約聖書的に見えます。 パロディとまでは行かないまでも, デスモンド・デッカーがこの詞を作るには根底に聖書があったのではないかと思います。 同じ1969年のザ・バンドのザ・ウエイトも聖書っぽい作りなのと比較すると面白いと思います。 エドウィン・ホーキンス・シンガーズのオー・ハッピー・デイ(1969)やディオンのアブラハム・マーティン・アンド・ジョン(1968),やダスティ・スプリングフィールドのプリーチャーマン(1968)やニール・ダイヤモンドの Brother Love's Travelling Salvation Show(1969)など, この頃はキリスト教からみのヒット曲が結構あったように思います。 主人公はうだつの上がらない労働者(なんとなくコーヒー農園とかさとうきび畑で働いていそうな感じ)。 奴隷のように働いても稼ぎが少なくて妻子に逃げられます。 犯罪に手を染めたものの(間奏のあとで最初の連の slaving for bread が stabbing for bread になっているのがその根拠。 なんでもジャマイカ英語的には stab <刃物で刺す>が犯罪を犯す意味になるようです。 )捕まってしまいます。 ひょっとしたら, 今度は妻子のためではなく主人のために「強制労働」させられるのかもしれません。 途中ボニーとクライドが出て来ますが,これは1968年に『ボニーとクライド/俺たちに明日はない』がヒットしましたが, あの主人公たちが服が穴だらけになるほど銃で撃たれて死ぬという有名なシーンを連想する部分です。 つまり穴だらけの服を着て死にたくないということでしょう。 (または犯罪を犯して彼らと同じような死に方をしたくないということかもしれません)。 007 からヒントを得て歌を作ったことからも, デスモンド・デッカーは流行り物をヒントに歌詞を書くようなところがあるのでしょう。 なお家出する妻のセリフ I was yours to receive に関しては多くのサイトが I was yours to be seen としています。 しかし聞いてみると前者が正しいようです。 この意味は(これまたジャマイカ英語的には)「もらう稼ぎが少ないので出ていく」ということらしいんですが, イマイチ, どうしてそういう意味になるのかわかりません。 |
||