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| 126 | Nobody But Me (Human Beinz) ノー・ノー・ノー (ヒューマン・ベインズ) |
1968 |
| 原詞・訳詞 ジャケットなど | ||
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| 60年代はいわゆるゴーゴーの時代でもありました。 リーゼントの兄ちゃんと広げた傘みたいなスカートの姉ちゃんが足先を床にこすりつけて踊っていたのが「ツイスト」。 Hashi Yukio (漢字忘れた)が「ス〜イム, スイム, スイムで行こう」と歌いながら腰をひねったのは「スイム」。 「ビートポップス」で大橋巨泉のウッシッシの対象であった杉本エマがミニスカートで踊ったのはあるときは「ブーガルー」, あるときは「ホース」。 60年代は数知れないステップが生まれては消えた時代だったのです。 (60年代のステップの名前のリスト http://www.sixtiescity.com/Culture/dance.htm ついでに60年代のダンスを再現している方たちの楽しげなサイト http://www.geocities.com/thehipstergogo/introduction.html ) アイズレー・ブラザーズの1962年の曲をリメイクした,ヒューマン・ベインズの「ノー・ノー・ノー」は, 歌詞を見るとわかるとおりゴーゴーステップがテーマ。 「シンガリン」「シェイク「ブーガルー」「フィリー」などはステップの名前のようです。 なおこの時代にはよくあることですが日本語盤のレコードの歌詞はウエッブ上の歌詞とかなり違っています。 たとえばステップの名前も 'shing-a-ling ' が 'shimmy ', , 'philly' が 'billy' のように。 (ウエッブ上では shake が skate になっているのですが, 上記のリストにはありません。 しかし skate と聞こえなくもないので両方記しました。) ヒューマン・ベインズ(英語ではビーンズと発音)はオハイオ州ヤングスタウン出身の四人組(リード・ギター Richard Belley; リズム・ギター Ting Markulin ; ベースギター Mel Pachuta; ドラムス Mike Tatman)。 もとは Human Beings として地元のバーで演奏していることころをこれまた地元のレコード会社ゲートウエイにスカウトされて66年にレコードをリリース。 ボブ・ディランからヤードバーズまで幅広くカバーしたレコードを出したようです。 やがてキャピトル・レコードと契約し1967年の終わりにリリースしたのがこの「ノー・ノー・ノー」。 が, グループ名前が Human Beinz になっている! 筆記体の g と z を混乱してしまった結果と言われていますが, このバンドも知らないうちに改名されていたのは当時のヒッピー言葉 be-in も影響していたらしいです。 スコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」には love-in という文字が見えますし,レノンとオノ・ヨーコは bed-in とかいうのをやりませんでしたっけ? 当時は ○○-in とうのが in (=流行中)だったらしいです。 バンド名はともかく「ノー・ノー・ノー」は全米で8位まで昇るヒットに。 日本でも流行り来日も果たします。 が, 翌年に Evolutions というオリジナル曲を含むアルバムを出したものの振るわず解散。 典型的な一発屋で終わってしまいました。 現在メンバーが何しているかは全くわかりません。 なおこの「ノー・ノー・ノー」は 「Kill Bill キル・ビル」という映画の挿入歌として使われたらしく一部の若者には知られている曲のようです。 私個人としては, サイケデリックとバブル・ガムが合体したような,カッコいいんだか悪いんだかわからないサウンドがお気に入りで, 中学の英語の授業の自由英作文で I have a record called Nobody But Me と発表した由緒正しい曲だけに, 今の若者にも受け入れられているのを知り嬉しく思っているのです。 |
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