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124   I Will Follow Him    (Little Peggy March)
 アイ・ウィル・フォロウ・ヒム    (リトル・ペギー・マーチ)
1963
  原詞・訳詞
60年代中期のころの曲には独特の雰囲気があるように思います。
もう戦争の傷跡も消え, 先進国では子供や若者人口が最も多かった時代。 日本などは高度成長期に入って希望に満ちた未来がある――そんな背景から生まれた曲は当然明るいのだけれど, なんとなく哀しさが潜んでいるような, そんな曲が目立つように思えます。


1965年の作品ゲーリー・ルイスとプレイボーイズの恋のダイヤモンド・リングと比較して見ると, 両方ともティンパニーがドン・ド・ドン, ドン・ド・ドンとリズムを刻み, 明るい歌でありながら随所にちょっと物悲しいメロディの展開が見られる共通点があることに気付きます。 
この感じが『60年代サウンド』らしいと思うのです。 例えば『上を向いて歩こう』(1963)も, 暗い歌ではなくむしろ明るい, 微笑みながら歌う歌でありながら, たまらなく哀しい。  
この時代のヒット曲にある, そこはかとない哀愁。。。これはどこから来るのだろうといつも思ってしまうのです。


        


リトル・ペギー・マーチ(リトルがついていたのは短期間で『アイ・ウィル・フォロウ・ヒム』が流行った1963年にリリースされた他の曲にはすでのリトルが省かれています)はペンシルバニア州ランズデールに1948年3月に生まれました。 (芸名の March は3月生まれだからついたのです。) ホームページの情報によると2歳の時から歌い始め5歳でタレント・コンクールで優勝して地元のテレビ番組に登場したそうです。
12歳でバンドで歌い, いとこの結婚式で歌ったところをたまたま家族の知り合いで RCAレコードとコネのある男性ラッセル・スミス(後に彼女のマネージャになる)からプロになることを進められオーディションを受けるチャンスをもらいます。 このオーディションに合格して61年(13歳)にはレコード Little Me を出します。  
そして1963年15歳のときに出した『アイ・ウイル・フォロウ・ヒム』が世界的な大ヒットとなります。 当時若いというより幼い女性歌手が世界的な流行だったらしくフランス・ギャルジリオラ・チンクエッティは16歳でデビューしています。  そう言えば日本でもこの頃「ちびっこ歌合戦」という番組がオンエアされていましたね。


ペギー・マーチは本国アメリカよりもヨーロッパや日本での人気が高くそれぞれの国の言葉でレコーディングをしています。 彼女を扱ったサイト(オフィシャル・サイトではなくファン・サイトのように思えますが)には日本で発売されたレコードのジャケットが掲載されているので覗いてみてはどうでしょうか。 ( http://www.peggymarch.net/ )
1967年, マネージャのラッセル・スミスと不仲になりアーニー・ハリスがマネージャになりますが, 1968年(20歳)にそのハリスと結婚。 音楽活動の根拠地をドイツに移します。 60年代のアメリカ的な『アイ・ウイル・フォロウ・ヒム』のヒットを出しながら以降レコーディングの多くは本国アメリカではなくドイツや日本という変った経歴を歩み, 現在もヨーロッパを中心にして活躍中のようです。


        


最後に歌詞について。
いかにも60年代らしいわかりやすい英語で一途な思いを歌うラブ・ソング。 今の時代ならストーカ的な内容も, その切なく真摯な恋心に感動すら覚えてしまいます。
時代によって人の情緒も変わってくるものなのだという気がする作品です。