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| 121 | Stairway To Heaven (Led Zeppelin) 天国への階段 (レッド・ツェッペリン) |
1971 |
| 聞くのに最もふさわしい, 旬を感じさせる曲はロック, ポップスの中にもあるのではないでしょうか。 この『天国への階段』の場合は12月。 クリスマスの月に聞くと一番心に響きます。 数年前スタジオ・ミュージシャンになりたいヘビメタ少年の高校生に受験英語など教えたことがあるのですが, そのとき Stephen Davis というライターの Hammer of the Gods 〜 The Led Zeppelin Saga というのを「副教材」にしてみたのです。 ジミー・ペイジらメンバーが高校生だった時の記述などを適当に書き換えて授業に使ったのですが, 今回このページを書くために教室の『赤本』の後ろに落ちていたこのペーパーバックを拾い上げ『天国への階段』に関する記述を探してみました。 それによると『天国への階段』を作ったのは1970年のやはり12月でした。 当時ジミー・ペイジとロバート・プラントは『レッド・ツェッペリンIII』に継ぐアルバムを folkish (フォークっぽい)ものにしようと構想を練っていました。 ジミーは アコースティックとメタリックが融合した曲想を考え, またロバートは当時傾倒していたロマンティックな古代遺跡を世界を歌にとり入れることを考えていました。 この二人のヴィジョンがもっともよく顕れたのが『天国への階段』でしょう。 ジミーはウェールズ州ブロナレア(Bron-Yr-Aur ウェールズ語で「黄金の胸」)にある別荘で『天国への階段』のあの美しいイントロ部を作ります。 この部分の録音はロンドンのアイランド・スタジオでなされましたが, 季節に合う賛美歌的でありまた田舎のマドリガル(中世の叙情短詩)的な雰囲気を出すために, メンバーはロンドン南西のヘッドリー村(Headley) にある Headley Grange (ヘッドリー農場)でいわば合宿して曲を完成させることにします。 赤丸付近にヘッドリー村がある。ヘッドリー農場の写真は以下のアドレスにあります http://www.johnowensmith.co.uk/headley/grange.htm このページによるとヘッドリー農場は 1795年 Headley Workhouse (ヘッドリー作業所) という名で薄弱児,貧しい老人, 孤児, 私生児のための福祉施設として作られたようですが,1830年11月23日1000人以上の暴徒が占拠 教区牧師に支払っていた「十分の一税(tithe)」を半分にするように約束させるという歴史的な事件で有名になり, 以降何回も所有者が変遷し, 70年代にはミュージシャンのスタジオとしても使われたそうです。 またヘッドリー村の風景の写真が以下のアドレスにあります。 実際にメンバーが見た景色かどうかはわかりませんが, 『天国への階段』によく似合っている景色です。 http://www.headley-village.com/zeppelin/hedge1.htm ヘッドリー農場での暮らしについてロード・マネージャのリチャード・コールは「百万ドルのボーイスカウトのように」食い「魚のように」飲酒したと述べています。 彼らはリハーサルやセッションの合間に狩猟したり散歩したり村のパブに行ったりし, 夜は暖炉をともしてギターを爪弾くという田舎での暮らしを楽しんでいたようです。 メンバーがヘッドリー村に着いた1週間後にローリング・ストーンズの移動スタジオが農場に来ます。 このとき『天国への階段』の作曲とコード付けが終わり, 翌日, 初めて全曲の通しが行われました。 ロバート以外のメンバーがセッションしているのを聞きながら, ロバートは詞をその場で書いていきます。 ジミーはその様子を「彼は即興で詞の3/4を書いていた。 席を外すことなく詞を考えられるなんて驚きだ。 本当に。」と述べています。 次のページへ |
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