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119    If    (Bread)
 イフ  (ブレッド)
Goodbye Girl
 グッドバイ・ガール (デビッド・ゲイツ)
1971
1977
イフ      原詞・訳詞  
グッバイ・ガール   原詞・訳詞
ビートルズやビージーズのように B で始まる名前にしようと車の中で思索していたとき, 目の前にパン屋のトラックが走っていたのでその名が付いたブレッドは, 1970年から73年にかけて立て続けにヒットを出したソフト・ロックの代表的なバンドです。
バンドと言っても実態はデビッド・ゲイツとジェームズ・グリフィンのデュオで, この二人に+アルファのメンバーがいる, という感じがします。
 

             


デビッド・ゲイツが音楽の世界で身を立てようとしたのは大学3年のとき。 すでに結婚し二人の子供ともに両親とオクラホマ州タルサに住んでいました。 クラブや学生のパーティなどで歌っていた彼は, 大学を卒業するのを望んでいた両親を説得し一夏だけカリフォルニアに行く許可をもらいます。 彼は歌のバイトで稼いだ200ドルを持ち中古のキャデラックに妻子を乗せて遥かカリフォルニアへ向かいます。 時はフラワー・チルドレンの時代。  彼は『夢のカリフォルニア』へ『花のサンフランスコ』へと向かった若者の1人だったのです。


一方, ジェームズ・グリフィンはカントリー音楽の都テネシー州メンフィスで育ちここで歌っていたあと1962年にハリウッドにやってきます。 ここでリブリーズ・レコードと契約,  レコードを数枚出します。 やがで彼はボブ・ロイヤーとデュオを組んで音楽活動を始め, デビッド・ゲイツを知り合い, 1968年トリオを組むようになります。 


             


3人はまもなくエレクトラ・レコードと契約, 数枚レコードを出したあと1970年に Make It With You がヒット・チャートの1位になり以降, It Don't Matter To Me('70),  If ('71)  Baby I'm-A Want You ('71)  Everything I Own ('72)  Diary ('72)  The Guitar Man ('72) Sweet Surrender ('72)  Aubrey ('73)  など立て続けにヒットします。


この間にオリジナル・メンバーのボブ・ロイヤーはバンドを離れ, メンバーの入れ替えがあり, 最終的には5人のバンドとなりますが, 1973年, ゲイツとグリフィンが不仲が表面化バンドは解散します。


             


ゲイツとグリフィンが不仲になったのは, 第3者から見てもわかることです。
ブレッドのヒット曲はほとんどがデビッド・ゲイツのソロであり, また彼の作品です。 彼よりも早くショウ・ビジネスの世界を知っているグリフィンにすれば, これは気分の良いことではなかったはずです。 さらにバンドを組んだ時にシングルは二人が半々に曲を作って出すという話だったのに実際はデビッド・ゲイツの曲ばかりがレコード化され印税はゲイツの方へと行ってしまう。 グリフィンが駄々をこねるのは当然です。


それでも76年に二人は再びいっしょになり, Lost Without Your Love のヒット曲を生みますが(相変わらずゲイツの作品です)即また解散。 今度はゲイツが他のメンバーとブレッドとしてツアーと始めようとすると, グリフィンは裁判を起こし, ゲイツがブレッドという名でバンドを作ることを禁ずる処置をとり, 二人の不仲は修復不可能になります。


それでも成功の女神は, デビッド・ゲイツにばかり微笑んでしまいます。 彼は1978年にソロ歌手として Goodby Girl のヒットを出します。  彼は現在もツアーをして全米を回っています。 もちろん David Gates of Bread として。


一方, グリフィンは元イーグルスのランディ・メイスナーやビリー・スワント組んでブラック・タイというバンドを組んだり, 他のアーティストに曲を書いたりしますが, イマイチぱっとしません。 時代が彼を求めていなかった, ということでしょうか。。。


他のイフの歌 灰色の朝


             


最後に歌詞について2,3書いておきます。


甘いメロディに甘い歌詞, そしてデビッド・ゲイツの甘い声。 ブレッドの音楽は昔,給食で出た油で揚げて砂糖をまぶしたコッペパンみたいにそれはそれは甘い。
でも訳すのはそう甘くはありません。  意外とてこずらせられました。


まず第1節の最後の行 the you I've come to know 。
人称代名詞に定冠詞がついている。 ミス・タイプ? 事実, この the を for に変えている歌詞もウエッブ上には浮かんでいました。 が, この部分を聞いても意味を検討してもこれでよさそうです。 
インターネットで検索すると I am not the me who I represent on the net and you are not the you that I see on the net. (私はネットに現れている「私」ではなくまたあなたもネットで私が見ている「あなた」ではない。) なんて文章があったので, こういう言いまわしはOK(どの程度かはわかりませんが)のようです。


次に第2節の最初の行 If a face could launch a thousand ships
直訳すると「一つの顔が千の船を船出させるなら」。 
これはイギリスの劇作家で詩人のクリストファー・マーロウ(Christopher Marlowe 1564-93) の詩 Was this the Face that Launch'd a Thousand Ships? をベースにしています。 この詩は有名なトロイのヘレンのことを歌った詩で彼女を求めて何艘もの船に乗って人が集まるほどの美貌であることを象徴しています。
『イフ』では歌の対象の女性をトロイのヘレンに見立てている訳ですが, オヤオヤそこまで言わなくてはいかんのか, という感じが私はしてしまうのですけど。。


同じ節の3行目 There's no one home but you
この no one は nobody の意味の不定代名詞ではなく not a home の意味で私は解釈しました。 no one を不定代名詞としてみれば「家には君以外のだれもいない」となりますがどうもこの前の2行の流れとしっくり行きません。 この home を人が船出して行きつく場所もしくは戻ってくる場所として, その場所を「君」にたとえて「心の拠り所」と解釈してみました。


次に同じ節の最後の行 And you're all that's left me too
この部分は And you're all that's left me to となったり さらに you're all that's led me to としている歌詞サイトもあります。
前置詞 to で終わらせてしまうと文法的に説明がつきません。 too でいいのではないかと思います。 (私の持っている日本語盤のCDの歌詞は to になっていますが)


なお all that's left me  という表現についてはヘンリー・ラッセル(Henry Russell) という人の My Mother's Bible という詩(1841年)に 
This book is all that's left me now.  この本は私に今残された唯一のもの
という1行があり, デビッド・ゲイツは上記のクリストファー・マーロウの詩をベースにしたように,ここでも古典詩の一部を借用した可能性があります。


サビの部分の 
And when my love for life is running dry
You come and pour yourself on me
についてはある牧師の書いたサイトで「この部分こそイエス・キリストの教えだ!」みたいなことを言っている文を見つけました。 この部分はデビッド・ゲイツの創作ですが, 上のケースと逆に彼の書いた1節が他の人に引用されているのは面白いことだと思います。


というわけで, 案外この『イフ』という歌詞は奥深いものがあるように思えます。