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| 118 | This Diamond Ring (Gary Lewis & the Playboys) 恋のダイヤモンド・リング (ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ) |
1965 |
| 原詞・訳詞 | ||
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| もう40年近く前の曲。 いくら老眼鏡が欠かせなくなった私でも(もともと遠視に乱視な上に毎日辞書めくる生活してるんだから, しょーがないでしょーが)これをリアル・タイムで聞いて知っていた訳ではありません。 ただ愛なき世界と並んでいつかどこかで聞いた曲として印象に残っているのです。 『恋のダイヤモンド・リング』が時代を感じさせ, また新鮮に聞こえるようにさせているのがティンパニーのドン・ド・ドンですね。 日本だとザ・ピーナッツの『恋のフーガ』(1967)もティンパニーが主役みたいな曲でした。 そうそう『上を向いて歩こう』も鉄琴だかシロフォンだかわからないんですが, あの楽器の音がかなり効いていました。 今の時代こういう楽器が活躍するのは学校の音楽会くらいで商業音楽では皆無なのではないでしょうか。 ゲーリー・ルイスについてアチラのサイトで調べたもの(ほとんどどのサイトも同じ内容, というより誰かのサイトをコピー&ペーストして繁殖したものばかり)を書いておきます。 ゲーリー・ルイスは有名なコメディアン, ジェリー・ルイスの長男として1946年に生まれました。 母親は当時のアイドル的俳優のケリー・グラント(Cary Grant)が好きだったらしく息子に Cary と名付けたのですが病院が間違って Gary と記録してしまいこの名前になってしまったそうです。 14歳の誕生日にドラム・セットを買ってもらったのが音楽の道へ進むきっかけとなります。 18歳でプレイボーイズを結成(ギター David Walker と Al Ramsay, リード・ギター David Costell, キーボード John West)彼はドラムスとボーカル担当します。 ディズニーランドを始めロサンジェルス地区でバンド活動をし, やがてレコード・プロデューサ, スナッフ・ギャレットに見出されリバティ・レコードと契約。 父親の七光りも手伝って1965年1月エド・サリバン・ショウに出て『恋のダイヤモンド・リング』を歌ったところ全米で一大センセーションを巻き起こし, レコード・プレスが24時間稼動しても間に合わないほどのヒットになったとか。 当時はビートルズ全盛期。 バンド・ブームの潮流にのって次々とヒット曲を出しますが,当時はまたベトナム戦争期でもあり, 彼も1967年陸軍へ兵役, バンド活動は中断されます。 1年後復帰したものの音楽の流れはジェファーソン・エアプレインに代表されるサイケデリック物やジミ・ヘン, クリームのようなアート・ロック物になっていて, 彼らのような「健全な」音はもう時代遅れになってしまい, ヒット・チャートに登場することはなくなりました。 ゲーリー・ルイスは現在ニューヨークに住み, 今も別メンバーと『ザ・プレイボーイズ』を作ってツアーをしているそうです。 最後に詞について。 『悲しき雨音』とか『愛なき世界』と同じ失恋物。 この時代の失恋物の詞は, 純真, 純情でありまた単純でもある, 一言で言えば「純」。 そんな純な歌なの中でこの歌が珍しいのは, 失恋した男が男に向かって歌っている詞であることです。 純に解釈すれば君(男)こそ幸せになってほしい。 ということでしょうか。 とりようによっては失恋した男が彼女からダイヤの指輪を返されて, それを誰かに売ろうとしている, そのセールス・トークと言えなくはないですけど。 ( いやそんな現実的な解釈をしてはいけません。 ) |
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