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101   Running On Empty     (Jackson Browne) 
 孤独のランナー    (ジャクソン・ブラウン)
1978
    原詞・訳詞  
この『なつメロ英語』の1曲目がジム・クロウチの『ラスト・アメリカン・ヒーローのテーマ(I've Got A Name)』。 そして101曲目がジャクソン・ブラウンの『孤独のランナーRunning On Empty)』。 2曲に共通しているのは何であるかわかりますか?
男のソロの歌? というのは単純過ぎ。 答えは両方ともクルマで走ることと人生をダブらせている詞であることです。


アラン・シリトーの『長距離走者(ランナー)の孤独』を連想させる邦題の『孤独のランナー』は, それなりに良いのですが, 原題の running は足で走るのではなくクルマで走る方。 
これに「続けて」と言う意味の副詞 on と主格補語としての形容詞 empty がくっついて「走りつづけているけどその状態は empty なのだ」 という感じの原題です。
empty は「空っぽの; 空しい」と言う意味です。 だから「空しく走る」という意味だとするのは違うのではないでしょうか。 詞の全体から受ける印象では, どこを走っているのか目標もよくつかめずにただ走りつづける, そんな意味合いに思えます。


この歌の収録されている同名のアルバムは全体を「道」でまとめています。 「道」を「人生」のたとえにつかうのは古今東西かわりなく, この歌も例外ではありません。
事実, 詞の中で17歳だった1965年, とか21歳だった1969年という文句が出て来ます。 (彼の生年月日は1948年10月9日なので数字があっています。)
そしてこの歌は1977年に発表された同名のアルバムからシングル・カットされた曲ですから, このときジャクソン・ブラウンは29歳。 20代終わりの節目というわけです。


この歌には何度も running behind というフレーズに現れています。 「誰かの後ろを走る」「遅れて走る」といった意味ですが, このフレーズから20代終わりに差し掛かったジャクソン・ブラウンの思いが感じられます。 すなわち多くの人が20代から30代になるころ感じる焦燥感のようなものです。 
どこを走っているんだかわからない, でもみんなも走っている。 そのみんなより遅れて走っているのが自分である。  途中ラブ・ソング風なフレーズもありますが, 全体には「道」を「人生」にたとえて摸索している自分の姿を, 理知的で繊細でありながらトンガった力強さを感じさせる声で歌っています。  


ジャクソン・ブラウンも55歳(2003年現在)。 でも今この歌を歌ってもおかしくない, 永遠に青い色が似合いそうに思います。


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